・・・しかしこういう場所の話は公然人前ではしないことになっている。下宿屋の食堂なんぞでもそんな話をするものはない。オペラやクラシック音楽の話はするけれども、普通のレヴューや寄席の話さえ食事のテーブルなどで、殊に婦人の前などでは口にしてはならない。・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・ かかる行動に出ずる人の中で、相当の論拠があって公然文部省所定の課目に服せぬものはここに引き合に出す限りではない。それほどの見識のある人ならば結構である。四角に仕切った芝居小屋の枡みたような時間割のなかに立て籠って、土竜のごとく働いてい・・・ 夏目漱石 「作物の批評」
・・・しかし事実上彼らはパノラマ的のものをかいて平気でいるところをもって見ると公然と無筋を標榜せぬまでも冥々のうちにこう云う約束を遵奉していると見ても差支なかろう。 写生文家もこう極端になると全然小説家の主張と相容れなくなる。小説において筋は・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・「社会の悪徳を公然商売にしている奴らさ」「うん」「商売なら、衣食のためと云う言い訳も立つ」「うん」「社会の悪徳を公然道楽にしている奴らは、どうしても叩きつけなければならん」「うん」「君もやれ」「うん、やる」・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・或は婦人が漫に男子の挙動を疑い、根もなき事に立腹して平地に波を起すが如き軽率もあらんか、是れぞ所謂嫉妬心なれども、今の男子社会の有様は辛苦して其微を窺うに及ばず、公然の秘密と言うよりも寧ろ公然の公けとして醜体を露す者こそ多けれ。家に遺伝の遺・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・従前婦人病と言えば唯、漠然血の道とのみ称し、其事の詳なるは唯医師の言を聞くのみにして、素人の間には曾て言う者もなく聞く者もなかりしに、近年は日常交際の談話に公然子宮の語を用いて憚る所なく、売薬の看板にさえ其文字を見るのみならず、甚しきは婦人・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
・・・る者なきにあらざれども、その談論時として男女関係の事に及び、日本の男子は多妻を許されてこれを咎むるものなく、ただに法律に問わざるのみならず習俗の禁ぜざる所なれば、社会の上流良家の主人と称する者にても、公然この醜行を犯して愧ずるを知らず、即ち・・・ 福沢諭吉 「日本男子論」
・・・ 一九二〇年代のドイツは、左翼が活躍し、ドイツ共産党も公然と存在していた時代であった。その時代に育ったエリカ・マンが民主主義の精神をもち、日に日につのるナチスの暴圧に反抗を感じたのは自然であった。エリカ・マンは、はじめ小論文や諷刺物語を・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・日本の中には釈放された有力な戦争協力者たちが暗躍していて、この一年間に人民に対する抑圧とアジアの解放を妨げる仕事がある時はこっそりと、ある時は公然と法律をふりかざして行われてきています。 アジアの姉妹たちよ。わたしたち日本の婦人は、また・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・今日の生活としてだれしもやむを得ないことは、その程度のちがいだけであるところまで辷りこむと、本質をかえて社会悪となり、また犯罪的性格をもつようになってしまう。公然のうそが、わたしたちの生活にある。うそであることを政府も人民も知っている。だけ・・・ 宮本百合子 「新しい文学の誕生」
出典:青空文庫