・・・それは元来貴族だったために好奇心の多い公衆に苦しみを見せることをきらったからです。この聖徒は事実上信ぜられない基督を信じようと努力しました。いや、信じているようにさえ公言したこともあったのです。しかしとうとう晩年には悲壮なつきだったことに堪・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 醜聞 公衆は醜聞を愛するものである。白蓮事件、有島事件、武者小路事件――公衆は如何にこれらの事件に無上の満足を見出したであろう。ではなぜ公衆は醜聞を――殊に世間に名を知られた他人の醜聞を愛するのであろう? グルモンはこ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ そこで、公衆は、ただ僅に硝子の管へ煙草を吹込んで、びくびくと遣ると水が濁るばかりだけれども、技師の態度と、その口上のぱきぱきとするのに、ニコチンの毒の恐るべきを知って、戦慄に及んで、五割引が盛に売れる。 なかなかどうして、歯科散が・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・文部省が音楽取調所を創設した頃から十何年も前で、椿岳は恐らく公衆の前でピヤノを弾奏した、というよりは叩いた最初の日本人であろう。(このピヤノは後に吉原の彦太楼尾張屋の主人が買取った。この彦太楼尾張屋の主人というは藐庵や文楼の系統を引いた当時・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・今後、幾百年かの星霜をへて、文明はますます進歩し、物質的には公衆衛生の知識がいよいよ発達し、一切の公共の設備が安固なのはもとより、各個人の衣食住もきわめて高等・完全の域に達すると同時に、精神的にもつねに平和・安楽であって、種々の憂悲・苦労の・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・すということは、其実甚だ困難のことである、何となれば之が為めには、総ての疾病を防ぎ総ての禍災を避くべき完全の注意と方法と設備とを要するからである、今後幾百年かの星霜を経て、文明は益々進歩し、物質的には公衆衛生の知識愈々発達し、一切公共の設備・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・それが公衆の面前に引き出され、へどもどしながら書いているのである。書くのがつらくて、ヤケ酒に救いを求める。ヤケ酒というのは、自分の思っていることを主張できない、もどっかしさ、いまいましさで飲む酒の事である。いつでも、自分の思っていることをハ・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・ 私は五反田駅前の公衆電話で、瀬川さんの御都合を伺った。先生は、昨年の春、同じ学部の若い教授と意見の衝突があって、忍ぶべからざる侮辱を受けたとかの理由を以て大学の講壇から去り、いまは牛込の御自宅で、それこそ晴耕雨読とでもいうべき悠々自適・・・ 太宰治 「佳日」
・・・しかし名を科学に借りて専門知識のない一般公衆の目をくらますような非科学的実験を行なった者が西洋には昔からずいぶんあった。そのような場合には、ほとんどきまって、平生科学に対して反感のようなものをもっている一群の公衆、ことに新聞などによって既成・・・ 寺田寅彦 「案内者」
・・・ユーゴーの住まっていた家で遺物など陳列して公衆に見せているのです。ユーゴーの描いた絵がたくさんあってなかなかうまいものだと感心しました。この人の作物中の光景を描いたいろんな画家の絵もあります。「ミゼラブル」の中でファンティーヌが往来で乱暴な・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
出典:青空文庫