・・・彼は放埓を装って、これらの細作の眼を欺くと共に、併せてまた、その放埓に欺かれた同志の疑惑をも解かなければならなかった。山科や円山の謀議の昔を思い返せば、当時の苦衷が再び心の中によみ返って来る。――しかし、もうすべては行く処へ行きついた。・・・ 芥川竜之介 「或日の大石内蔵助」
・・・そうしてそれと共に、この嘘を暴露させてやりたい気が、刻々に強く己へ働きかけた。ただ、何故それを嘘だと思ったかと云われれば、それを嘘だと思った所に、己の己惚れがあると云われれば、己には元より抗弁するだけの理由はない。それにも関らず、己はその嘘・・・ 芥川竜之介 「袈裟と盛遠」
・・・これを強いて一纏めに命名すると、一を観音力、他を鬼神力とでも呼ぼうか、共に人間はこれに対して到底不可抗力のものである。 鬼神力が具体的に吾人の前に現顕する時は、三つ目小僧ともなり、大入道ともなり、一本脚傘の化物ともなる。世にいわゆる妖怪・・・ 泉鏡花 「おばけずきのいわれ少々と処女作」
・・・ある薄月夜にあまたの仲間の者と共に浜へ越ゆる境木峠を行くとて、また笛を取出して吹きすさみつつ、大谷地と云う所の上を過ぎたり。大谷地は深き谷にて白樺の林しげく、其下は葦など生じ湿りたる沢なり。此時谷の底より何者か高き声にて面白いぞ――と呼わる・・・ 泉鏡花 「遠野の奇聞」
一茶の湯の趣味を、真に共に楽むべき友人が、只の一人でもよいからほしい、絵を楽む人歌を楽む人俳句を楽む人、其他種々なことを楽む人、世間にいくらでもあるが、真に茶を楽む人は実に少ない。絵や歌や俳句やで友を得るは何・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・ときく様子は腰や足がとくにちゃんと止まって居られない様にフラフラして気味がわるいので皆んな何とも云わずに家へ逃げかえってしまった、その中にたった一人岩根村の勘太夫の娘の小吟と云うのはまだ九つだったけれ共にげもしないでおとなしく、「もう少し行・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰となってしまったが、この門前の椿岳旧棲の梵雲庵もまた劫火に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・お母さんだけが、いつも自分と共にあることを信ずるし、お母さんだけが、最後まで、自分の味方だと信ずるからです。子供は、お母さんとなら、火の中へでも、水の中へでも、いっしょに入るであろうし、お母さんだけが、また火の中へでも、水の中へでも入って下・・・ 小川未明 「お母さんは僕達の太陽」
・・・しかし「スタンダールやバルザックの文学は結局こしらえものであり、心境小説としての日本の私小説こそ純粋小説であり、詩と共に本格小説の上位に立つものである」という定説が権威を持っている文壇の偏見は私を毒し、それに、翻訳の文章を読んだだけでは日本・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
彼は永年病魔と闘いました。何とかしてその病魔を征服しようと努力しました。私も又彼を助けて、共にその病魔を斃そうと勉めましたが、遂に最後の止めを刺されたのであります。 本年二月二十六日の事です。何だか身体の具合が平常と違・・・ 梶井久 「臨終まで」
出典:青空文庫