・・・雲母のような波を刻んでいる東京湾、いろいろな旗を翻した蒸汽船、往来を歩いて行く西洋の男女の姿、それから洋館の空に枝をのばしている、広重めいた松の立木――そこには取材と手法とに共通した、一種の和洋折衷が、明治初期の芸術に特有な、美しい調和を示・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
・・・ 田代君はあらゆる蒐集家に共通な矜誇の微笑を浮べながら、卓子の上の麻利耶観音と私の顔とを見比べて、もう一度こう繰返した。「これは珍品ですね。が、何だかこの顔は、無気味な所があるようじゃありませんか。」「円満具足の相好とは行きませ・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・すなわち、その共棲がまったく両者共通の怨敵たるオオソリテイ――国家というものに対抗するために政略的に行われた結婚であるとしていることである。 それが明白なる誤謬、むしろ明白なる虚偽であることは、ここに詳しく述べるまでもない。我々日本の青・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・ 鴎外が抽斎や蘭軒等の事跡を考証したのはこれらの古書校勘家と一縷の相通ずる共通の趣味があったからだろう。晩年一部の好書家が斎展覧会を催したらドウだろうと鴎外に提議したところが、鴎外は大賛成で、博物館の一部を貸してもイイという咄があった。・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・緑雨の最後の死亡自家広告は三馬や一九やその他の江戸作者の死生を茶にした辞世と共通する江戸ッ子作者特有のシャレであって、緑雨は死の瞬間までもイイ気持になって江戸の戯作者の浮世三分五厘の人生観を歌っていたのだ。 この緑雨の死亡自家広告と旅順・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・とは彼等共通の信念であった、彼等がイエスを救主として仰いだのは此世の救主、即ち社会の改良者、家庭の清洗者、思想の高上者として仰いだのではない。殊に来らんとする神の震怒の日に於ける彼等の仲保者又救出者として仰いだのである、「千世経し磐よ我を匿・・・ 内村鑑三 「聖書の読方」
・・・たとえば、人間に共通した真理はある。理想はある。感情はある。けれど、それのみの世界というものは、現実に於てあり得ない。大衆といい、民衆といい、抽象的に、いかように人間を考えらるゝことはあっても、実際に於ける、大衆の生活、民衆の生活は、全く個・・・ 小川未明 「彼等流浪す」
・・・これ等の統一的な芸術にあっては、はじめより、大衆に共通する趣味、興味、感情、思想等を標準とし、普遍性を指標とするを特色とする。勿論その中には、郷土的色彩のあるものもあるけれど、要するにそれ等の認識、発見に目的があるのでなくして、一般の娯楽に・・・ 小川未明 「純情主義を想う」
・・・ 言葉ばかりでなく、大阪という土地については、かねがね伝統的な定説というものが出来ていて、大阪人に共通の特徴、大阪というところは猫も杓子もこういう風ですなという固着観念を、猫も杓子も持っていて、私はそんな定評を見聴きするたびに、ああ大阪・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・私たちみたいな人間に共通したある淋しい姿を見せられた気がして、――それは恋人にも妻にも理解さすることのできないような。…… 浪子夫人はますます揚々とした態度で、大濤のように揺れる上を自在に行ったり来たりした。鎖の軋る音が、ギイギイ深夜の・・・ 葛西善蔵 「遊動円木」
出典:青空文庫