・・・今から見れば何でもないように思うが、四十年前俳優がマダ小屋者と称されて乞食非人と同列に賤民視された頃に渠らの技芸を陛下の御眼に触れるというは重大事件で、宮内省その他の反対が尋常でなかったのは想像するに余りがある。その紛々たる群議を排して所信・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・平生はふつうの人のはいれない、離宮や御えんや、宮内省の一部なども開放されたので、人々はそれらの中へもおしおしになってにげこみました。 にげるについて一ばんじゃまになったのは、いろんなものをはこびかけている、車や馬車や自動車です。多くのと・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・気弱い内省の窮極からでなければ、真に崇厳な光明は発し得ないと私は頑固に信じている。とにかく私は、もっと生きてみたい。謂わば、最高の誇りと最低の生活で、とにかく生きてみたい。「ヴェルレエヌは、大袈裟だったかな? どうも、この着物では何を言・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・腕白な遊戯などから遠ざかった独りぼっちの子供の内省的な傾向がここにも認められる。 後年まで彼につきまとったユダヤ人に対するショーヴィニズムの迫害は、もうこの頃から彼の幼い心に小さな波風を立て初めたらしい。そしてその不正義に対する反抗心が・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・ 同じような内省的な傾向から、自分でも人でもいわゆる「大家」になることを恐れていた。かつて筆者が不精で顋鬚を剃るのを怠っているのを見付けた時「あごひげなんか延ばして大家になっちゃ駄目だぞ」と云った事を記憶する。この辛辣にして愉快なる三十・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・ そういう民衆批評家の一人として何か云う前に自分の芸術観を内省してみた。 その内省の結果をここに告白しようとは思わないが、ただこれだけ云っておきたいと思う事がある。 絵画が或る有限の距離に有限な「完成」の目標を認めて進んでいた時・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・初五が短いためにそのあとでちょっとした休止の気味があって内省と玩味の余裕を与え、次に来るものへの予想を発酵させるだけの猶予を可能にする。中七は初五で提出された問題の発展であり解答であるので長さを要求する。最後の五は結尾であって、しかもそのあ・・・ 寺田寅彦 「俳句の精神」
・・・それかと言ってこれはまた決して私の机上でこね上げた全くの空想ではないのであって、私自身が平常連句制作当時自分の頭の中に進行する過程を内省することによって常に経験するところの現象から類推して行った一つの「思考実験」であるので、これはおそらく連・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・吾々もお互に義務は尽さなければならんものと始終思い、また義務を尽した後は大変心持が好いのであるが、深くその裏面に立ち入って内省して見ると、願くはこの義務の束縛を免かれて早く自由になりたい、人から強いられてやむをえずする仕事はできるだけ分量を・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・見える生活の両面を親しく体現して、一方では秩序を重んじ一方では開放の必要を同時に感じていたならば、たとい形式上こういう結論に到着したところで、どうも変だどこかに手落があるはずだとまず自から疑いを起して内省もし得たろうと思うのです。いくら哲学・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
出典:青空文庫