・・・ 事務所にはもう赤々とランプがともされていて、監督の母親や内儀さんが戸の外に走り出て彼らを出迎えた。土下座せんばかりの母親の挨拶などに対しても、父は監督に対すると同時に厳格な態度を見せて、やおら靴を脱ぎ捨てると、自分の設計で建て上げた座・・・ 有島武郎 「親子」
・・・言われなくたって、出たけりゃ勝手に出ますわ、あなたのお内儀さんじゃあるまいし。戸部 俺たちの仕事が認められないからって、裏切りをするような奴は……出て行け。瀬古 腹がすくと人は怒りっぽくなる。戸部の気むずかしやの腹が・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・塗師屋さんの内儀でも、女学校の出じゃないか。絵というと面倒だから図画で行くのさ。紅を引いて、二つならべれば、羽子の羽でもいい。胡蘿蔔を繊に松葉をさしても、形は似ます。指で挟んだ唐辛子でも構わない。――」 と、たそがれの立籠めて一際漆のよ・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ こんなこというは婆と呼ばれる酒屋の内儀だ。「みんな省さんが悪いんさ、ほんとに省さんは憎いわ。省さんはあんなえい人だからおとよさんがどうしてもあきらめられない、おとよさんがあきらめねけりゃ、省さんは深田にいられやしない。深田のおッ母・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・里子を預かるくらいゆえ、もとより水呑みの、牛一頭持てぬ細々した納屋暮しで、主人が畑へ出かけた留守中、お内儀さんが紙風船など貼りながら、私ともう一人やはり同じ年に生れた自分の子に乳をやっていたのだが、私が行ってから一年もたたぬうちに日露戦争が・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・ もっとも、私はいつかあるお茶屋で、お内儀が芸者と次のような言葉をやりとりしているのを、耳にした時は、さすがに魅力を感じた。「桃子はん、あんた、おいやすか、おいにやすか。オーさん、おいやすお言いやすのどっせ。あんたはん、どないおしや・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・お内儀さんもいて、「雑誌に参ちゃん、参ちゃんて書きはりましたさかい、日配イ行っても、参ちゃん参ちゃんでえらい人気だっせ」 そしてこちらから言いだす前に「改造」や「中央公論」の復刊号を出してくれた。「文春は……?」「文芸春秋は貰っ・・・ 織田作之助 「神経」
・・・なんだい、あんなお内儀と、石田を取ってやるのがいい気味であり、そしてもう石田を細君の手に渡したくなかった。二人の仲はすぐ細君に知れて、彼女は暇を取り、尾久町の待合「まさき」で石田に会った。情痴の限りを尽している内にますます石田と離れがたくな・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ もう一度松本に挨拶し、それからそこのお内儀に、「えらいおやかまっさんでした。済んまへん」 と悲しいほどていねいにお辞儀して、坂田は出て行った。松本は追いかけて、「君さっき大阪へ帰りたいと言うてたな。大阪で働くいう気いがある・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・と、他の内儀達に皮肉られた。 二 おきのは、自分から、子供を受験にやったとは、一と言も喋らなかった。併し、息子の出発した翌日、既に、道辻で出会った村の人々はみなそれを知っていた。 最初、「まあ、えら者にしよう・・・ 黒島伝治 「電報」
出典:青空文庫