・・・空が曇っているから、海は煮切らない緑青色を、どこまでも拡げているが、それと灰色の雲との一つになる所が、窓枠の円形を、さっきから色々な弦に、切って見せている。その中に、空と同じ色をしたものが、ふわふわ飛んでいるのは、大方鴎か何かであろう。・・・ 芥川竜之介 「MENSURA ZOILI」
・・・ やがて、自分のを並べ果てて、対手の陣も敷き終る折から、異香ほのぼのとして天上の梅一輪、遠くここに薫るかと、遥に樹の間を洩れ来る気勢。 円形の池を大廻りに、翠の水面に小波立って、二房三房、ゆらゆらと藤の浪、倒に汀に映ると見たのが、次・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・博物の教師は、よく円形な眼鏡をかけて、顔を出してこちらをのぞくのであります。 博物の教師は、あごにひげをはやしている、きわめて気軽な人でありましたが、いつも剥製の鳥を、なんだろう? ついぞ見たことのない鳥だが、と思っていました。男が、気・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・これはどういうわけであろうと考えて、新吉はふと、この詰将棋の盤はいつもの四角い盤でなく、円形の盤であるためかなとも思った。実は新吉の描こうとしているのは今日の世相であった。 世相は歪んだ表情を呈しているが、新吉にとっては、世相は三角でも・・・ 織田作之助 「郷愁」
餅は円形きが普通なるわざと三角にひねりて客の目を惹かんと企みしようなれど実は餡をつつむに手数のかからぬ工夫不思議にあたりて、三角餅の名いつしかその近在に広まり、この茶店の小さいに似合わぬ繁盛、しかし餅ばかりでは上戸が困ると・・・ 国木田独歩 「置土産」
・・・塚のやや円形に空虚にして畳二ひら三ひらを敷くべく、すべて平めなる石をつみかさねたるさま、たとえば今の人の煉瓦を用いてなせるが如し。入口の上框ともいうべきところに、いと大なる石を横たえわたして崩れ潰えざらしめんとしたる如きは、むかしの人もなか・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・わんどとは水の彎曲した半円形をいうのだ。が、かえってそれは少年に慰めにはならずに決定的に失望を与えたことになったのを気づいた途端に、予の竿先は強く動いた。自分はもう少年には構っていられなくなった。竿を手にして、一心に魚のシメ込を候った。魚は・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・毛糸なぞも編むことが上手で、青と白とで造った円形の花瓶敷を敷いて、好い香のする薔薇でその食卓の上を飾って見せたものだ。花は何に限らず好きだったが、黄な薔薇は殊におせんが好きな花だった。そして、自分で眼を細くして、その香気を嗅いで見るばかりで・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ 今唇の前後の方向の位置をXで表わし、唇の開きをYで表わすとるると、イエアオウと順に発音する場合にXYで表わされる直角坐標図の上の曲線はざっと半円形のようなものになる。次にXYの面に垂直なZ軸の方向に時間を取る。そうすると色々の母音を順・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・一面におり立った群れの中に一か所だけ円形な空地があるのはどういうわけかと思って考えてみた。おそらくそこだけ湖底に凹所があって鳥の足には深すぎるので、それでそこだけが明いているのだろうと想像された。もしそうだとすれば鳥の群れの写真から湖底の等・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
出典:青空文庫