・・・そして、医師は病人の苦しんでいるのを見かねて注射をします。再びまた氷で心臓を冷すことになりました。 その頃から、兄を呼べとか姉を呼べとか言い出しました。私が二人ともそれぞれ忙がしい体だからと言いますと、彼も納得して、それでは弟達を呼んで・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・そして彼の眼が再び崖下の窓へ帰ったとき、そこにあるものはやはり元のままの姿であったが、彼の心は再び元のようではなかった。 それは人間のそうしたよろこびや悲しみを絶したある厳粛な感情であった。彼が感じるだろうと思っていた「もののあわれ」と・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・玉は乱れ落ちてにわかに繁き琴の手は、再び流れて清く滑らかなる声は次いで起れり。客はまたもそなたを見上げぬ。 廊下を通う婢を呼び止めて、唄の主は誰と聞けば、顔を見て異しく笑う。さては大方美しき人なるべし。何者と重ねて問えば、私は存じませぬ・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・ 再び先の川辺へ出た。そして先ず自分の思いついた画題は水車、この水車はその以前鉛筆で書いたことがあるので、チョークの手始めに今一度これを写生してやろうと、堤を辿って上流の方へと、足を向けた。 水車は川向にあってその古めかしい処、木立・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ 三 遍歴と立宗 十二歳にして救世の知恵を求めて清澄山に登った日蓮は、諸山遍歴の後、三十二歳の四月再び清澄山に帰って立教開宗を宣するまで、二十年間をひたすら疑団の解決のために思索し、研学したのであった。 はじめ清・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 将校は血のついた軍刀をさげたまゝ、再び軍刀をあびせかけるその方法がないものゝように、ぼんやり老人を見た。 兵卒は、思わず、恐怖から身震いしながら二三歩うしろへ退いた。伍長が這い上って来る老人を、靴で穴の中へ蹴落した。「俺れゃ生・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・が、また近くから遠くへ飄として去った。唯これ一瞬の事で前後はなかった。 屋外は雨の音、ザアッ。 大噐晩成先生はこれだけの談を親しい友人に告げた。病気はすべて治った。が、再び学窓にその人は見われなかった。山間水涯に姓名を埋めて・・・ 幸田露伴 「観画談」
・・・追い追い下へ落ちてついにふたりが水と魚との交を隔て脈ある間はどちらからも血を吐かせて雪江が見て下されと紐鎖へ打たせた山村の定紋負けてはいぬとお霜が櫛へ蒔絵した日をもう千秋楽と俊雄は幕を切り元木の冬吉へ再び焼けついた腐れ縁燃え盛る噂に雪江お霜・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・その時の私は再び起つこともできまいかと人に心配されたほどで、茶の間に集まる子供らまで一時沈まり返ってしまった。 どうかすると、子供らのすることは、病んでいる私をいらいらさせた。「とうさんをおこらせることが、とうさんのからだにはいちば・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・まず、ざっと、こんなものだ、と言わぬばかりに、ナルシッサスは、再び、人さし指で気障な頬杖やらかして、満座をきょろと眺め渡した。「うん。だいたい、」長兄は、もったいぶって、「そんなところで、よろしかろう。けれども、――」長兄は、長兄として・・・ 太宰治 「愛と美について」
出典:青空文庫