・・・お互い依頼心を起さず、独立独歩働こう、そして相手方のために、一円ずつ貯金して、五年後の昭和十五年三月二十一日午後五時五十三分、彼岸の中日の太陽が大阪天王寺西門大鳥居の真西に沈まんとする瞬間、鳥居の下で再会しよう』との誓約書を取りかわし、人生・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・市場の喧騒からぽつりと離れて、そこだけが薄汚い、ややこしい闇市場の中で、唯一の美しさ――まるで忘れられたような美しさだと思い、ありし日の大阪の夏の夜の盛り場の片隅や、夜店のはずれを想い出して、古女房に再会した――というより、死んだ女房の夢を・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ いかで忘るべきと杯を十蔵の前に置き、飲み干してわれに与えよ再会を祝せん。 十蔵はわれを寿きて杯を飲み干しつ、片目一人、この船に加わりいることをかねて知りたまいしやと問う。われ、なんじの影地震の夜の間に消え失せぬと聞き、かの時の挙動・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・近代の知性は冷やかに死後の再会というようなことを否定するであろうが、この世界をこのアクチュアルな世界すなわち娑婆世界のみに限るのは絶対の根拠はなく、それがどのような仕組みに構成されているかということは恐らく人知の意表に出るようなことがありは・・・ 倉田百三 「人生における離合について」
・・・ と原は心に繰返したのである。再会を約して彼は築地行の電車に乗った。 友達に別れると、遽然相川は気の衰頽を感じた。和田倉橋から一つ橋の方へ、内濠に添うて平坦な道路を帰って行った。年をとったという友達のことを笑った彼は、反対にその友達・・・ 島崎藤村 「並木」
・・・侘しい再会である。共に卑屈に笑いながら、私たちは力弱く握手した。八丁堀を引き上げて、芝区・白金三光町。大きい空家の、離れの一室を借りて住んだ。故郷の兄たちは、呆れ果てながらも、そっとお金を送ってよこすのである。Hは、何事も無かったように元気・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・この卓や腰掛が似ているように、ここに来て据わる先生達が似ているなら、おれは襟に再会することは断じて無かろう。」 こう思って、あたりを見廻わして、時分を見計らって、手早く例の包みを極右党の卓の中にしまった。 そこでおれは安心した。しか・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・でこの天狗煙草の標本に再会して本当に涙の出る程なつかしかったが、これはおそらく自分だけには限らないであろう。天狗がなつかしいのでなくて、その頃の我が環境がなつかしいのである。 官製煙草が出来るようになったときの記憶は全く空白である。しか・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そうしてその年以来他の草花は作るが虞美人草はそれきり作らないので、この無慈悲な花いじめを繰り返す機会に再会することができない。 四 カラジウムを一鉢買って来て露台のながめにしている。芋の葉と形はよく似ているが葉脈・・・ 寺田寅彦 「藤棚の陰から」
・・・たとえ昔のお房に再会するような事があっても、今の自分を十年の昔豪奢を尽した父の子とは誰れが思おう。やもりを見て昔を思い出すと運命のたよりなさという事を今更のように感じる。そしてせっかく風呂に入って軽くなった心を腐らしてしまうのであった。・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
出典:青空文庫