・・・得たりとばかり膝を進めて取り出し示す草案の写しを、手に持ちながら舌は軽く、三好さん、これですが、しかしこれには褒美がつきますぜ。 善平は一も二もなく、心は半ば草案に奪われて、はいはい、それはもう何なりとも。 ほかではありませぬ。とに・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・これは面白ろい、彼奴を写してやろうと、自分はそのまま其処に腰を下して、志村その人の写生に取りかかった。それでも感心なことには、画板に向うと最早志村もいまいましい奴など思う心は消えて書く方に全く心を奪られてしまった。 彼は頭を上げては水車・・・ 国木田独歩 「画の悲み」
・・・ ――「成程今までの我々の農民文学は、日本農業の特殊性をさながらの姿で写しとった。それは、農林省の『本邦農業要覧』にあらわれた数字よりも、もっと正確に日本農民の生活を描きだしていた。けれども、それだけに止っていた。」とナップ三月号で池田・・・ 黒島伝治 「農民文学の問題」
・・・で、自宅練修としては銘々自分の好むところの文章や詩を書写したり抜萃したり暗誦したりしたもので、遲塚麗水君とわたくしと互に相争って荘子の全文を写した事などは記憶して居ます。私は反古にして無くして仕舞いましたが、先達て此事を話し出した節聞いたら・・・ 幸田露伴 「学生時代」
・・・そして、こっそり小さい円るい鏡に写してみた。すると急に自分の顔が罪人になって見えてきた。俺は急いで鏡を机の上に伏せてしまった。 雑役が用事の最後に、ニヤ/\笑いながら云った。「お前さん今度が初めてだね。これで一通りの道具はちゃアんと・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・コウカサスの方へ入って行く露西亜の青年が写してあるネ。結局、百姓は百姓、自分等は自分等というような主人公の嘆息であの本は終ってるが、吾儕にも矢張ああいう気分のすることがあるよ。僕などはこれで随分百姓は好きな方だ。生徒の家へ行って泊まって見た・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・王さまは、「これは何から写したのか。お前は灯はともさないと言い張るそうだが、暗がりで画がかけるのか。」とお聞きになりました。 ウイリイは仕方なしに、羽根のことをすっかりお話ししました。すると王さまは、その羽根を見せよと仰いました。・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・そのときには、私の家の人たちは、その記念写真の右上に白い花環で囲んだ私の笑顔を写し込む。 けれども、それは、三年、いやいや、五年十年あとのことになるかも知れない。私は田舎では、相当に評判がわるい男にちがいないのだから、家ではみんな許した・・・ 太宰治 「花燭」
・・・る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞の法に称うと士班釵の翁はいいけり真なるかな此の言葉や此のごろ詼談師三遊亭の叟が口演せる牡丹灯籠となん呼做したる仮作譚を速記という法を用いてそのまゝに謄写しとりて草紙となしたるを見侍るに通篇俚・・・ 著:坪内逍遥 校訂:鈴木行三 「怪談牡丹灯籠」
・・・また、エイゼンシュテインは港の埠頭における虐殺の残酷さを見せるために、階段をころがり落ちる乳母車を写した。「彫刻家が大理石とブロンズで考えるように、映画家はカメラとフィルムで考えそうして選択することが第一義である。」 役者の選択につ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
出典:青空文庫