・・・ただ氷を絶やさずに十分頭を冷やして下さい。――ああ、それから余りおあやしにならんように」先生はそう云って帰って行った。 自分は夜も仕事をつづけ、一時ごろやっと床へはいった。その前に後架から出て来ると、誰かまっ暗な台所に、こつこつ音をさせ・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・の低い松の枝の地紙形に翳蔽える葉の裏に、葦簀を掛けて、掘抜に繞らした中を、美しい清水は、松影に揺れ動いて、日盛にも白銀の月影をこぼして溢るるのを、広い水槽でうけて、その中に、真桑瓜、西瓜、桃、李の実を冷して売る。…… 名代である。・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・ ――で、駆戻ると、さきの親類では吃驚して、頭を冷して寝かしたんだがね。客が揃って、おやじ……私の父が来たので、御馳走の膳の並んだ隣へ出て坐った処、そこらを視て、しばらくして、内の小僧は?……と聞くんだね。袖の中の子が分らないほど、面が・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ と込上げ揉立て、真赤になった、七顛八倒の息継に、つぎ冷しの茶を取って、がぶりと遣ると、「わッ。」と咽せて、灰吹を掴んだが間に合わず、火入の灰へぷッと吐くと、むらむらと灰かぐら。「ああ、あの児、障子を一枚開けていな。」 と黒・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ と呟きながら、湯呑に冷したりし茶を見るより、無遠慮に手に取りて、「頂戴。」 とばかりぐっと飲みぬ。「あら! 酷いのね、この人は。折角冷しておいたものを。」 わざと怨ずれば少年は微笑みて、「余ってるよ、奥様はけちだね・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・「きっと、おなかを冷やしたのでしょう。」 お母さんは、心配して、勇ちゃんのようすを見ていられました。「ああわかった。お母さん、兄さんは、きのうりんごの皮をむかないで食べたからでしょう。ばちがあたったのだ。」 そばで、政ちゃん・・・ 小川未明 「政ちゃんと赤いりんご」
・・・みんなは、日暮に間近くなって吹く、外の嵐の音に耳を傾けているか、野に、丘に、圃に働いて、体を冷やして帰って来る家族の余の人々を待っているようであります。 こうした、つゝましやかな生活には、愛と平和とやさしみとがあふれている。それは真に涙・・・ 小川未明 「民衆芸術の精神」
・・・思った途端、其処に誰も居ないものが、スーウと格子戸が開いた時は、彼も流石に慄然としたそうだが、幸に女房はそれを気が付かなかったらしいので、無理に平気を装って、内に入ってその晩は、事なく寝たが、就中胆を冷したというのは、或夏の夜のこと、夫婦が・・・ 小山内薫 「因果」
・・・十八の歳に下寺町の坂道で氷饅頭を売ったことがあるが、資本がまるきり無かった故大工の使う鉋の古いので氷をかいて欠けた茶碗に入れ、氷饅頭を作ったこともある。冷やし飴も売り、夜泣きうどんの屋台車も引いた。競馬場へ巻寿司を売りに行ったこともある。夜・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく万能水糊、猿又の紐通し、日光写真、白髪染め、奥州名物孫太郎虫、迷子札、銭亀、金・・・ 織田作之助 「道なき道」
出典:青空文庫