・・・ 勘次は秋三の微笑から冷たい風のような寒さを感じた。彼は暫く庭の上を見詰めたまま動けなかった。「すまんこっちゃわ、えらい厄介かけてのう、大きに大きに。」 勘次も安次に叩頭されればされる程、不思議に安次を軽蔑したくなって来た。彼は・・・ 横光利一 「南北」
・・・そして幾つともなく、小さい、冷たい花をフィンクの額に吹き落すのである。 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
・・・、シクシク泣ていたのが、夜に入ってから少しウツウツしたと思って、フト眼を覚すと、僕の枕元近く奥さまが来ていらっしゃって、折ふし霜月の雨のビショビショ降る夜を侵していらしったものだから、見事な頭髪からは冷たい雫が滴っていて、気遣わしげなお眼は・・・ 若松賤子 「忘れ形見」
・・・しかしそのために私はある時の間冷たい人間になっています。 実際私たちのような仕事を選んだ者は、ある一つの輝いた瞬間を捕えるために、果実のないむだな永い時間を費やすことがあります。そういう時に人が、そんなにノラクラしているくらいなら、と思・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫