・・・れた時など、暦表を繰って手頃な星を選み出し、望遠鏡の度盛を合わせておいて、クロノメーターの刻音を数えながら目的の星が視野に這入って来るのを待っている、その際どい一、二分間を盗んで吸付ける一服は、ことに凍るような霜夜もようやく更けて、そろそろ・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・そのあとの豚の苦しさ、(見たい、見たくない、早いといい、葱が凍る、馬鈴薯三斗、食いきれない。厚さ一寸の脂肪の外套、おお恐い、ひとのからだをまるで観透その煩悶の最中に校長が又やって来た。入口でばたばた雪を落して、それから例のあいまいな苦笑をし・・・ 宮沢賢治 「フランドン農学校の豚」
・・・ 仙二は体中の血が凍るかとさえ思えた。だまって一つところを見つめて居て、やがていきなり立ちあがって縁に置いた花の束を取るが早いか大急ぎに走って池のふちに行った。 笑った様な面を見て堤をのぼって初めて娘に声をかけられた処に座った。・・・ 宮本百合子 「グースベリーの熟れる頃」
・・・あの 寒さ憐れな木の家の中で 凍る頭や指先丸くちぢまり 呼もせずすくんで暮す 朝夕を思うと出来るなら 黄金の 壺に此 初夏の輝きを 貯えたく思う。胸に抱けば 暖かろう蓋をすかし そっと覗けば 眼も耀こ・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ 小学校の先生は、自分の家の縁側に出て、「ひどく吹きやしたなあどうも昨晩は妙に凍ると思いやしたよ。とこっちの縁側へ朝のあいさつをした。女中は手がかじかんで、湯のみ茶碗を破って仕舞うほどだった。朝になってもまだ、少し許り吹・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・ 愛する、生命と共に愛する者によって支えられた恍惚を、同じ程度に於て、如何那なる相手からも、生理的に与えられるという事を思うと、血が凍る。 其は斯ういう事なのだ。 私が仮令えば、愛する良人を持って、その愛に対する本能的な純粋さを・・・ 宮本百合子 「無題(三)」
出典:青空文庫