・・・ 彼の視野のなかで消散したり凝聚したりしていた風景は、ある瞬間それが実に親しい風景だったかのように、またある瞬間は全く未知の風景のように見えはじめる。そしてある瞬間が過ぎた。――喬にはもう、どこまでが彼の想念であり、どこからが深夜の町で・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
・・・社会関係の矛盾も、資本主義が発展した段階に於て遂行する戦争とプロレタリアートとの利害の相剋も、すべてが戦線に出された兵卒に反映し凝集する。それは加熱された水のようなものである。蒸気に転化する可能性を持っている。だから、兵卒に着目したことには・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・この距離においては吾人は種々の場合に別の方則に従う凝集力を考えたくなる。この凝集力と重力とは如何なる関係があるだろうか。荷電導体内部における電場の零なる事からクーロンの方則の厳密な事を証するが常であるが、吾人の実験し得る導体の大きさに制限の・・・ 寺田寅彦 「方則について」
・・・の五句のごときも、事によると一種の土臭いにおいを中心として凝集した観念群を想像させる。 岱水について調べてみる。五十句拾った中で食物飲料関係のものが十一句、すなわち全体の二十二プロセントを占めている。こういうのを前記の観念群と同一視して・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・ この表情は、これほど真率に、凝集して現れているのを見たことは稀だとしても、今日の日本の青年たちの毎日のうちに、一度二度は必ず顔面を掠めて通る感じではないだろうか。 若い女性たちの口許に、同じような表情が浮ぶ時も多く見かける。 ・・・ 宮本百合子 「その源」
出典:青空文庫