・・・けれども一線一画の瞬間作用で、優に始末をつけられべき特長を、とっさに弁ずる手際がないために、やむをえず省略の捷径を棄てて、几帳面な塗抹主義を根気に実行したとすれば、拙の一字はどうしても免れがたい。 子規は人間として、また文学者として、最・・・ 夏目漱石 「子規の画」
・・・慾しい慾望と不可能と云う事実との間にどう心を落付けるかと云うところまで、推論して行く几帳面さを彼は持っているから。 ところが、率直に云って、どれも私の心持には当っていない。私や、私のような無籍者の美術批評家達は、ちっとも憐れまれる必要も・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ ときくと、ダーシャはませた表情で「何ともありません」「そりゃよかったね!」 然し、こんなこともある。 几帳面で、級の衛生委員をやっているアリョーシャが、いつまでも机の横へつったってニーナと口論しつづけている。「やだ・・・ 宮本百合子 「砂遊場からの同志」
・・・ 祖母は、几帳面なたちであったから、隠居所はいつもきちんと片づき、八畳の部屋も広々としていた。祖母は、そこに寝ているのだが、派手な夜具の色彩や看護婦や枕元の小机などで、部屋は狭く活気満ちて見える。私は美しいオレンジ色の毛布から出ている祖・・・ 宮本百合子 「祖母のために」
・・・そういう気質はいかにも設計家にふさわしい特徴をもっていて、西洋の諺に弁護士と作家と建築家の妻にはなるな、とある、そういう几帳面さを、一面にもっていました。 仕事は事務所で、というのが終生の暮しかたでした。事務所では忙しがっているからとい・・・ 宮本百合子 「父の手帳」
・・・彼女の几帳面さと清潔とを見出されて、或る西洋人の阿媽となったが、春桃には、どうしても西洋の体臭に添いかねて、やめてしまった。大きな屑籠を背負い、破れた麦稈帽子に、美しい顔の半分をかくした春桃は、「屑イ、マッチに換えまァす」と呼んで暑い日寒い・・・ 宮本百合子 「春桃」
出典:青空文庫