・・・慎太郎には薄い博士の眉が、戸沢の処方を聞いた時、かすかに動いたのが気がかりだった。 しかしその話が一段落つくと、谷村博士は大様に、二三度独り頷いて見せた。「いや、よくわかりました。無論十二指腸の潰瘍です。が、ただいま拝見した所じゃ、・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・のである。 これらの武士道観、恋愛観は、ある意味からともかくも唯物論的な西鶴の立場を窺わせる窓口となるものでないかと思われる。『永代蔵』中に紹介された致富の妙薬「長者丸」の処方、『織留』の中に披露された「長寿法」の講習にも、その他到・・・ 寺田寅彦 「西鶴と科学」
・・・理由は簡単なことで、いかなる病気にでもその処方に杏仁水の零点幾グラムかが加えられるというだけである。いつか診察を受けに行ったときに、先に来ていた一学生が貰った処方箋を見ながら「また、杏仁水ですか」と云ってニヤリとした。K氏は平然として「君等・・・ 寺田寅彦 「さまよえるユダヤ人の手記より」
・・・ 土佐の貧乏士族としての我家に伝わって来た雑煮の処方は、椀の底に芋一、二片と青菜一とつまみを入れた上に切餅一、二片を載せて鰹節のだし汁をかけ、そうして餅の上に花松魚を添えたものである。ところが同じ郷里の親類でも家によると切餅の代りに丸め・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・その処方通りにしたら数日にしてこの厄介な奇病もけろりと全快した、というのである。この患者は生れてその日までまだ米の飯というものを喰ったことがなかったという話であった。 小松の若先生でも楠先生でも、もし無事だったらまだ生きておられてもいい・・・ 寺田寅彦 「追憶の医師達」
・・・から自身の容態を述ぶるの法を知らず、其尋問に答うるにも羞ずるが如く恐るゝが如くにして、病症発作の前後を錯雑し、寒温痛痒の軽重を明言する能わずして、無益に診察の時を費すのみか、其医師は遂に要領を得ずして処方に当惑することありと言う。言語を慎み・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・をもってするのみならず、患者の平生に持張して徐々に用うべき肝油・鉄剤をも、その処方を改めて鎮痛即効の物にかえんとするときは、強壮滋潤の目的を達すること能わずして、かえって鎮痛療法の過激なるに失し、全体の生力を損ずることあるべし。 ゆえに・・・ 福沢諭吉 「政事と教育と分離すべし」
・・・ちゃんと処方通りやればうまく行ったんだ。」「今日は。」農民三「先生、あの薬わがなぃ。さっぱり稲枯れるもの。」爾薩待「いや、それはね、今も言ってたんだが、噴霧器を使わずに、この日中やったのがいけなかったのだ。」農民三「・・・ 宮沢賢治 「植物医師」
・・・慶応に入院していた間に眼の検査をしてもらったところ、私の眼は右と左とで大変度がちがっているので、今かけている眼鏡より度はちがえられないが、瞳孔距離がちがうというので処方を書いて貰っていた、それをやっとこのごろ、今日、なおしに出かけたのです。・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・スタンダリアンであるこの作家の「私の処方箋」は、きょうのロマネスクをとなえる日本の作家が、ラディゲだのラファイエット夫人だの、その他の、下じきをもっていて、その上に処方した作品をつくり出していること、或は歴史性ぬきの下じきを使用することをあ・・・ 宮本百合子 「「下じき」の問題」
出典:青空文庫