・・・(突然また凱歌しかし今は大丈夫です。あなたがたは昔のあなたがたではない。骨と皮ばかりの女乞食です。あなたがたの爪にはかかりません。 玉造の小町 ええ、もうどこへでも行ってしまえ! 小野の小町 まあ、そんなことを云わずに、……これ、こ・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・シオンの山の凱歌を千年の後に反響さすような熱と喜びのこもった女声高音が内陣から堂内を震動さして響き亘った。会衆は蠱惑されて聞き惚れていた。底の底から清められ深められたクララの心は、露ばかりの愛のあらわれにも嵐のように感動した。花の間に顔を伏・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・を感じたのであろう、寂しい笑いを僕らに見せて、なごり惜しそうに、「先生、私も目がよけりゃアお供致しますのに――」 僕はそれには答えないで、友人とともに、「さようなら」を凱歌のごとく思って、そこを引きあげた。・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・椿岳の生活の理想は俗世間に凱歌を挙げて豪奢に傲る乎、でなければ俗世間に拗ねて愚弄する乎、二つの路のドッチかより外なかった。 椿岳は奇才縦横円転滑脱で、誰にでもお愛想をいった。決して人を外らさなかった。召使いの奉公人にまでも如才なくお世辞・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・こゝでは、自由と美と正義が凱歌を奏している。我等は、文芸に於てこそ、最も自由なるのではないか。誰か、文芸は、政治に従属しなければならぬという? ふたゝび、ロマンシズムの自身の生活というものはあり得ないが、それを自覚すると、せざるとによっ・・・ 小川未明 「自由なる空想」
・・・そして四人の子供は凱歌をあげて村へ帰りました。 学校へゆくときも四人はそろって太郎にあったら、必死となって戦う覚悟でありましたから、太郎は、それを見てとってか容易に手出しをいたしませんでした。 こうなると甲・乙・丙・丁らは、まったく・・・ 小川未明 「雪の国と太郎」
・・・そしてそれが彼等の凱歌のように聞える――と云えば話になってしまいますが、とにかく非常に不快なのです。 電車の中で憂鬱になっているときの私の顔はきっと醜いにちがいありません。見る人が見ればきっとそれをよしとはしないだろうと私は思いました。・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・竹青は、一声悲しく高く鳴いて数百羽の仲間の烏を集め、羽ばたきの音も物凄く一斉に飛び立ってかの舟を襲い、羽で湖面を煽って大浪を起し忽ち舟を顛覆させて見事に報讐し、大烏群は全湖面を震撼させるほどの騒然たる凱歌を挙げた。竹青はいそいで魚容の許に引・・・ 太宰治 「竹青」
・・・そうして朝の光の溢るる露の草原を蹴散らして凱歌をあげながら家路に帰るのである。 中学時代に、京都に博覧会が開かれ、学校から夏休みの見学旅行をした。高知から三、四百トンくらいの汽船に寿司詰になっての神戸までの航海も暑い旅であった。荷物用の・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・どっと一度に、大勢の人の凱歌を上げる声。家中の者皆障子を蹴倒して縁側へ駈け出た。後で聞けば、硫黄でえぶし立てられた獣物の、恐る恐る穴の口元へ首を出した処をば、清五郎が待構えて一打ちに打下す鳶口、それが紛れ当りに運好くも、狐の眉間へと、ぐっさ・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫