・・・落ちながら、彼女達は坑内に凸凹している岩に、ぶつかった。坑底に落ちてしまうまでには尖った岩に、乳や、腕や、腰や、腹が××られたり、もがれたりした。そして、こなみじんになってしまった。どれが、誰れの手か、どれが、誰の足か、頭か、つぎ合すのに困・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
・・・小径をへだてて大小凸凹の岩がならび、そのかげからひろびろと池がひろがっている。曇天の下の池の面は白く光り、小波の皺をくすぐったげに畳んでいた。右足を左足のうえに軽くのせてから、われは呟く。 ――われは盗賊。 まえの小径を大学生たちが・・・ 太宰治 「逆行」
・・・路の凸凹がはげしいので、車は波を打つようにしてガタガタ動いていく。苦しい、息が苦しい。こう苦しくってはしかたがない。頼んで乗せてもらおうと思ってかれは駆け出した。 金椀がカタカタ鳴る。はげしく鳴る。背嚢の中の雑品や弾丸袋の弾丸がけたたま・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・昔自分に親しかったある老人は機嫌が悪いと何とも云えない変な咳払いをしては、煙管の雁首で灰吹をなぐり付けるので、灰吹の頂上がいつも不規則な日本アルプス形の凸凹を示していた。そればかりでなく煙管の吸口をガリガリ噛むので銀の吸口が扁たくひしゃげて・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・よく拭き込んだ板敷の床は凸凹だらけの土間に変り、鏡の前に洋酒の並んだラック塗りの飾り棚の代りには縁台のようなものが並んで、そこには正札のついた果物の箱や籠や缶詰の類が雑然と並んでいた。昔は大きな火鉢に炭火を温かに焚いていたのが、今は煤けた筒・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・かなりに長いこの阪の凸凹道にただ一つの燈火とそのまわりの茂りのさまは、たださえ一種の強い印象を与えるのであるが、一層自分の心を引いたのはその街燈に止った一疋の小さいやもりであった。汚れ煤けたガラスに吸い付いたように細長いからだを弓形に曲げた・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ ベッドから、食器棚から、凸凹した床から、そこら中を、のたうち廻った。その後には、蝸牛が這いまわった後のように、彼の内臓から吐き出された、糊のような汚物が振り撒かれた。 彼は、自分から動く火吹き達磨のように、のたうちまわった挙句、船・・・ 葉山嘉樹 「労働者の居ない船」
・・・社会の凸凹が各個人の感情の凸凹にまでなっているところがあって、同じ勤めの女のひと同士の間に、万遍ない友情がなり立つということさえむずかしい。女の日常に嫉妬や反目がないといえば、それはうそになろう。 それにもかかわらず、なお女同士の間には・・・ 宮本百合子 「異性の間の友情」
・・・人間らしくまともに生きようとする私たちの足もとには、何とひどい凸凹があるだろう。たまに美しい空の色をうつしている場所があると思えば、その浅い水の下には命とりの穴ぼこがある。こういう生活の道で、人間らしい一日を送るということは、はっきりと現実・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・ 読み進んでゆくうちに、読者は到るところで、しっくりはまりこめない凸凹した説明にぶつかったり、そうかと思うと、思わず作者バルザックに対する疑いを喚び覚まされるような大仰な、出来合いの大古典時代めいた形容詞を羅列した文章に足を絡まれる。非・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
出典:青空文庫