・・・ 未だ乞食僧を知らざる者の、かかる時不意にこの鼻に出会いなば少なくとも絶叫すべし、美人はすでに渠を知れり。且つその狂か、痴か、いずれ常識無き阿房なるを聞きたれば、驚ける気色も無くて、行水に乱鬢の毛を鏡に対して撫附けいたりけり。 蝦蟇・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・すると、運の悪い時は悪いもので、コマンドルスキーというとこでバッタリ出合したのが向うの軍艦! こっちはただの帆前船で、逃げも手向いも出来たものじゃねえ、いきなり船は抑えられてしまうし、乗ってる者は残らず珠数繋ぎにされて、向うの政府の猟船が出・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・しかし、それもお喋りな生れつきの身から出た錆、私としては早く天王寺西門の出会いにまで漕ぎつけて話を終ってしまいたいのですが、子供のころの話から始めた以上乗りかかった船で、おもしろくもない話を当分続けねばなりますまい。しかし、なるべく早く漕ぐ・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・カラコロと下駄の音が聴える。出会いがしらにふっと顔を覗かれる、あっ、老婆の顔は白い粉を吹いたように真っ白で、眼も鼻も口もない……。 すべてはその道に原因していたんだと、その頃のことを佐伯は最近私に語った。おかげで毎夜身体はへとへとになり・・・ 織田作之助 「道」
・・・衣食のために色々の業に従がい、種々の人間、種々の事柄に出会い、雨にも打たれ風にも揉れ、往時を想うて泣き今に当って苦しみ、そして五年の歳月は澱みながらも絶ず流れて遂にこの今の泡の塊のような軽石のような人間を作り上たのである。 三年前までは・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ お客さんというのは溺死者のことを申しますので、それは漁やなんかに出る者は時はそういう訪問者に出会いますから申出した言葉です。今の場合、それと見定めましたから、何も嬉しくもないことゆえ、「お客さんじゃねえか」と、「放してしまえ」と言わぬ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・やがて二人は丘を登って右に曲がろうとすると、そこにまた雄牛が一匹立っているのに出会いました。 にげる事もかないません。くずおれておかあさんはひざをつき、子どもをねかしてその上を守るように自分の頭を垂れますと、長い毛が黒いベールのように垂・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ 最初の出合いで電光のごときベーアの一撃にカルネラの巨躯がよろめいた。しかし第三回あたりからは、自分の予想に反して、ベーアはだいたいにおいて常に守勢を維持してばかりいるように見えた。カルネラはこれに対して不断に攻勢を取って、単調な攻撃を・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・私はせんだって中デフォーの作物を批評する必要があって、その作物を読直すときに偶然この句に出合いまして、ふと沙翁のヘンリー四世中の語を思い出して、その内容の同じきにも関らず、その感じに大変な相違のあるに驚きましたが、なぜこんな相違があるかに至・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・ 余の如き長病人は死という事を考えだす様な機会にも度々出会い、又そういう事を考えるに適当した暇があるので、それ等の為に死という事は丁寧反覆に研究せられておる。併し死を感ずるには二様の感じ様がある。一は主観的の感じで、一は客観的の感じであ・・・ 正岡子規 「死後」
出典:青空文庫