・・・吉助は愚物ながら、悶々の情に堪えなかったものと見えて、ある夜私に住み慣れた三郎治の家を出奔した。 それから三年の間、吉助の消息は杳として誰も知るものがなかった。 が、その後彼は乞食のような姿になって、再び浦上村へ帰って来た。そうして・・・ 芥川竜之介 「じゅりあの・吉助」
・・・そんな一少女の出奔を知己の間に言いふらすことが、彼の自尊心をどんなに満足させたか。私は彼の有頂天を不愉快に感じ、彼のテツさんに対する真実を疑いさえした。私のこの疑惑は無残にも的中していた。彼は私にひとしきり、狂喜し感激して見せた揚句、眉間に・・・ 太宰治 「列車」
・・・仲間の小野は東京へ出奔したし、いま一人の津田は福岡のゴロ新聞社にころがりこんで、ちかごろは袴をはいて歩いているという噂であった。五高の連中も新人会支部のかぎりでは活動したが、組合のことには手をださなかった。ことに高坂や長野は、学生たちを子供・・・ 徳永直 「白い道」
・・・子規は血を嘔いて新聞屋となる、余は尻を端折って西国へ出奔する。御互の世は御互に物騒になった。物騒の極子規はとうとう骨になった。その骨も今は腐れつつある。子規の骨が腐れつつある今日に至って、よもや、漱石が教師をやめて新聞屋になろうとは思わなか・・・ 夏目漱石 「京に着ける夕」
・・・ 今の時代の十九の、故郷を出奔した娘が此那大きな人形を抱いて来ると想像出来ようか。いじらしいような心持と、わざとらしさを嫌う心持が交々さほ子の心に湧いた。 千代は、その人形を見せ、彼女に国の話をきかせた。 千代の話によれば、彼女・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・という句を親友に残して上野町から京大阪へ出奔した。原因は何であったろう。いろいろのことが云われているらしい。例えばその時代の武士社会のしきたりに触れる女のひととの恋愛問題が、彼を故郷から去らせたという風な。実際には幾つかの事情がかたまって亡・・・ 宮本百合子 「芭蕉について」
・・・祖父の死後秋三の父は莫大な家産を蕩尽して出奔した。それに引き換え、勘次の父は村会を圧する程隆盛になって来た。そこで勘次の父は秋三の家が没落して他人手に渡ろうとした時、復讐と恩酬とを籠めたあらゆる意味において、「今だ!」と思った。そして、妻が・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫