・・・枕から上らないから、それから上は何にも解らない、しかもその苦しさ切無さといったら、昨夜にも増して一層に甚しい、その間も前夜より長く圧え付けられて苦しんだがそれもやがて何事もなく終ったのだ、がこの二晩の出来事で私も頗る怯気がついたので、その翌・・・ 小山内薫 「女の膝」
・・・ 昼間の出来事で溜飲は下がったものの、しかし、夜の道は暗く寂しく、妻や子は死んでいるのか生きているのかと思えば、足は自然重かった。 途中にあるバラックから灯が洩れ、ラジオの歌が聴こえていた。「あ、ラジオが聴こえてる」 と、ミ・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・五 これはあなたにこの手紙を書こうと思い立った日の出来事です。私は久し振りに手拭をさげて銭湯へ行きました。やはり雨後でした。垣根のきこくがぷんぷん快い匂いを放っていました。 銭湯のなかで私は時たま一緒になる老人とその孫ら・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・僕はその時初めて恋の楽しさと哀しさとを知りました、二月ばかりというものは全で夢のように過ぎましたが、その中の出来事の一二お安価ない幕を談すと先ずこんなこともありましたっケ、「或日午後五時頃から友人夫婦の洋行する送別会に出席しましたが僕の・・・ 国木田独歩 「牛肉と馬鈴薯」
・・・そうすればちょっとした出来事にも深い運命や悲哀やまた美の調和や不調和やつまり人生に対する愛と悲しみの意識がだんだんこまやかになるものである。この心持はすなわち良い作の生まれる原動力になる。一、よく読書すること。われわれの・・・ 倉田百三 「芸術上の心得」
一 彼の出した五円札が贋造紙幣だった。野戦郵便局でそのことが発見された。 ウスリイ鉄道沿線P―の村に於ける出来事である。 拳銃の這入っている革のサックを肩からはすかいに掛けて憲兵が、大地を踏みなら・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ と直次は姉を前に置いて、熊吉にその日の出来事を話して無造作に笑った。そこへおさだは台所の方から手料理の皿に盛ったのを運んで来た。 おげんはおさだに、「なあし、おさださん――喧嘩でも何でもないで。おさださんとはもうこの通り仲直り・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・プロフェッサアという小説は、さる田舎の女学校の出来事を叙したものであって、放課後、余人ひとりいないガランとした校舎、たそがれ、薄暗い音楽教室で、男の教師と、それから主人公のかなしく美しい女のひとと、ふたりきりひそひそ世の中の話を語っているの・・・ 太宰治 「音に就いて」
・・・そこには最新の出来事を知っていて、それを伝播させる新聞記者が大勢来るから、噂評判の源にいるようなものである。その噂評判を知ることも、先ず益があって損のない事である。 この店に這入って据わると、誰でも自分の前に、新聞を山のように積み上げら・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・おれはこの出来事のために余程興奮して来たので、議会に行くことはよしにした。ぶらぶら散歩して、三十分もたってから、ちょうど歩いていたスプレエ川の岸から、例の包を川へ投げた。あたりを見廻しても人っ子一人いない。 晩までは安心して所々をぶらつ・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
出典:青空文庫