・・・心一つであると悟りましたので、まだ、二日三日も居て介抱もしてやりたかったのではありますけれども、小宮山は自分の力では及ばない事を知り、何よりもまず篠田に逢ってと、こう存じましたので、急がぬ旅ながら早速出立を致しました。 その柏屋を立ちま・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・翌朝お千代が来た時までに、とにかく省作がまず一人で東京へ出ることとこの月半に出立するという事だけきめた。おとよは省作を一人でやるか、自分も一緒に行くかということについて、早くから考えていたが、つまり二人で一緒に出ることは穏やかでないと思いさ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ヲ試験シテオリマス、何ヲオ隠シ申シマショウ私モ華族ノ二男ニハ生レマセヌノデ、白米氏ニ敗ラルル点ニオイテハ御同様デス何カ書クコトガモットアッタツモリデシタガ、丁度妹ノモトカラ電報ガ今届キマシテ、急ニ出立ノヨウイニカカリマスノデ、コノ辺デヤ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・「私は二、三日前に、ずっと南の都から出立しました。去年の冬はにぎやかな都で送りました。もう夏になって、北の海が恋しくなったので帰るところですよ。」と、かもめは答えました。「それは、いいことをなさいましたね。私などは、いつもこんなさび・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・そして、呉服店のおかみさんが、しんせつに、泊まっていったらというのをきかずに、停車場へ引き返して、出立したのでした。 翌日、真吉は、東京へ着くと、すぐにお店に帰って、昨日からのことを正直に主人に話しますと、主人は、真吉の孝心の深いのに感・・・ 小川未明 「真吉とお母さん」
・・・ 私は翌日故郷へ向けて出立した。 小栗風葉 「世間師」
・・・ それは彼の田舎の家の前を通っている街道に一つ見窄らしい商人宿があって、その二階の手摺の向こうに、よく朝など出立の前の朝餉を食べていたりする旅人の姿が街道から見えるのだった。彼はなぜかそのなかである一つの情景をはっきり心にとめていた。そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・十日ばかりも居る積じゃったが癪に触ることばかりだったから三日居て出立て了った。今も話しているところじゃが東京に居る故国の者は皆なだめだぞ、碌な奴は一匹も居らんぞ!」 校長は全然何のことだか、煙に捲かれて了って言うべき言葉が出ない、ただ富・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・だから四月早々は出立るだろうと思う」 桂正作の計画はすべてこの筆法である。彼はずいぶん少年にありがちな空想を描くけれども、計画を立ててこれを実行する上については少年の時から今日に至るまで、すこしも変わらず、一定の順序を立てて一歩一歩と着・・・ 国木田独歩 「非凡なる凡人」
・・・最初父はこれを許さざりしも急にかれの願いを入れて一日も早く出立せよと命ずるごとくに促しぬ。 昨夜治子より手紙来たり、今日午過ぎひそかに訪問れて永久の別れを告げんと申し送れり。永久の別れとは何ぞ。かれの心はかき乱されぬ。昨夜はほとんど眠ら・・・ 国木田独歩 「わかれ」
出典:青空文庫