・・・二階から降りて行って梯子段の上り口から小声で佐吉さんを呼び、「あんな出鱈目を言ってはいけないよ。僕が顔を出されなくなるじゃないか。」そう口を尖らせて不服を言うと、佐吉さんはにこにこ笑い、「誰も本気に聞いちゃ居ません。始めから嘘だと思・・・ 太宰治 「老ハイデルベルヒ」
・・・言うこと言うこと、一から十まで出鱈目だ。私はてんで信じていない。けれども私は、あの人の美しさだけは信じている。あんな美しい人はこの世に無い。私はあの人の美しさを、純粋に愛している。それだけだ。私は、なんの報酬も考えていない。あの人について歩・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・けれども私は今、出鱈目を言わずには居られません。 あなたから長いお手紙をいただき、ただ、こいつあいかんという気持で鞄に、ペン、インク、原稿用紙、辞典、聖書などを詰め込んで、懐中には五十円、それでも二度ほど紙幣の枚数を調べてみて、ひとり首・・・ 太宰治 「風の便り」
・・・、あいつは、唖の鳥なんだってね、と言うと、たいていの人は、おや、そうですか、そうかも知れませんね、と平気で首肯するので、かえってこっちが狼狽して、いやまあ、なんだか、そんな気がするじゃないか、と自身の出鱈目を白状しなければならなくなる。唖は・・・ 太宰治 「鴎」
・・・なにか職業がなければ、このごろの大家さんたちは貸してくれないということを聞きましたので、ま、あんな出鱈目をやったのです。怒っちゃいけませんよ。」そう言ってから、またひとしきりむせかえるようにして笑った。「これは、古道具屋で見つけたのです。こ・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・そこでは、人の生死さえ出鱈目である。太宰などは、サロンに於いて幾度か死亡、あるいは転身あるいは没落を広告せられたかわからない。 私はサロンの偽善と戦って来たと、せめてそれだけは言わせてくれ。そうして私は、いつまでも薄汚いのんだくれだ。本・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・こんな出鱈目な調子では、とても紀元二千七百年まで残るような佳い記録を書き綴る事は出来ぬ。出直そう。 十二月八日。早朝、蒲団の中で、朝の仕度に気がせきながら、園子に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞えて来た。「大本営陸海軍・・・ 太宰治 「十二月八日」
・・・海老の髭には、カルシウムが含まれているんだ。」出鱈目である。 食卓には、つくだ煮と、白菜のおしんこと、烏賊の煮附けと、それだけである。私はただ矢鱈に褒めるのだ。「おしんこ、おいしいねえ。ちょうど食べ頃だ。僕は小さい時から、白菜のおし・・・ 太宰治 「新郎」
・・・その津田君が躍起になるまで弁護するのだから満更の出鱈目ではあるまい。余は法学士である、刻下の事件をありのままに見て常識で捌いて行くよりほかに思慮を廻らすのは能わざるよりもむしろ好まざるところである。幽霊だ、祟だ、因縁だなどと雲を攫むような事・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・ 鼻と云わず口と云わず、出鱈目に雪が吹きつけた。 ブルッ、と手で顔を撫でると、全で凍傷の薬でも塗ったように、マシン油がベタベタ顔にくっついた。そのマシン油たるや、充分に運転しているジャックハムマーの、蝶バルブや、外部の鉄錆を溶け込ま・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
出典:青空文庫