・・・どうも好く分かりませんなあ。本の名でも知れていますか。」「一々書いてありますよ。」脚長は卓の上に置いた新聞を取って、広げて己の前へ出した。 己は新聞を取り上げて読み始めた。脚長は退屈そうな顔をして、安楽椅子に掛けている。 直ぐに・・・ 森鴎外 「沈黙の塔」
・・・それはあなたお分かりになっていらっしゃるじゃございませんか。あれを御覧にいれた方がわたくしには都合がよろしかったのですもの。御承知の通り、わたくしの狂言はすっかり当りましたでしょう。あなたあの写真と競争をお始めなすってから、男前が五割方上が・・・ 著:モルナールフェレンツ 訳:森鴎外 「最終の午後」
・・・そうでなければ次ぎの進歩が分りかねるからであるが、昨年の夏、総持寺の管長の秋野孝道氏の禅の講話というのをふと見ていると、向上ということには進歩と退歩の二つがあって、進歩することだけでは向上にはならず、退歩を半面でしていなければ真の向上とはい・・・ 横光利一 「作家の生活」
出典:青空文庫