・・・それには映画は舞台演劇の複製という不純分子を漸次に排除して影と声との交響楽か連句のようなものになって行くべきではないかと思われるのである。 こんな話をしていたらある人がアヴァンガルドという一派の映画がいくらかそういう方向を示すものだと教・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・フォークトはその結晶物理学の冒頭において結晶の整調の美を管弦楽にたとえているが、また最近にラウエやブラグの研究によって始めて明らかになった結晶体分子構造のごときものに対しても、多くの人は一種の「美」に酔わされぬわけに行かぬ事と思う。この種の・・・ 寺田寅彦 「科学者と芸術家」
・・・例えば現代の分子説や開闢説でも古い形而上学者の頭の中に彷徨していた幻像に脈絡を通じている。ガス分子論の胚子はルクレチウスの夢みた所である。ニュートンの微粒子説は倒れたが、これに代るべき微粒子輻射は近代に生れ出た。破天荒と考えられる素量説のご・・・ 寺田寅彦 「科学上の骨董趣味と温故知新」
・・・ 現在のわれわれの分子物理学上の知識から考えて、こういう想像は必ずしもそう乱暴なものではないということは次のような考察をすれば、何人にも一応は首肯されるであろうと思う。 金属と油脂類との間の吸着力の著しいことは日常の経験からもよく知・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・彼等は争議団員中の軟派分子を知っていた。またいろいろの団員中の弱点も知っていた。それで第一に行われたのが、「切り崩し」「義理と人情づくめ誘拐」であった。しかしそれも大した功を奏しなかった。そこで今度は、スキャップ政策をとったが、それも強固な・・・ 徳永直 「眼」
・・・一世師に問うて云う、分子は箸でつまめるものですかと。分子はしばらく措く。天下は箸の端にかかるのみならず、一たび掛け得れば、いつでも胃の中に収まるべきものである。 また思う百年は一年のごとく、一年は一刻のごとし。一刻を知ればまさに人生を知・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・しかのみならずこの態度で世間人情の交渉を視るからたいていの場合には滑稽の分子を含んだ表現となって文章の上にあらわれて来る。 人によると写生文家のかいたものを見て世を馬鹿にしていると云う。茶化していると云う。もし両親の小供に対する態度が小・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・その幾百噸の煙りの一分子がことごとく震動して爆発するかと思わるるほどの音が、遠い遠い奥の方から、濃いものと共に頭の上へ躍り上がって来る。 雨と風のなかに、毛虫のような眉を攅めて、余念もなく眺めていた、圭さんが、非常な落ちついた調子で、・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・しかし不思議にもこの談話は、物知りぶった、また通がった陋悪な分子を一点も含んでいなかった。余は固より政党政治に無頓着な質であって、今の衆議院の議長は誰だったかねと聞いて友達から笑われたくらいの男だから、露西亜に議会があるかないかさえ知らない・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・ それは空気の中に何かしらそらぞらしい硝子の分子のようなものが浮んできたのでもわかりましたが第一東の九つの小さな青い星で囲まれたそらの泉水のようなものが大へん光が弱くなりそこの空は早くも鋼青から天河石の板に変っていたことから実にあきらか・・・ 宮沢賢治 「インドラの網」
出典:青空文庫