・・・美学的に見えた町の意匠は、単なる趣味のための意匠でなく、もっと恐ろしい切実の問題を隠していたのだ。 始めてこのことに気が付いてから、私は急に不安になり、周囲の充電した空気の中で、神経の張りきっている苦痛を感じた。町の特殊な美しさも、静か・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・而してこの習慣の学校は、教授の学校よりも更に有力にして、実効を奏すること極めて切実なるものなり。今この教師たる父母が、子供と共に一家内に眠食して、果たして恥ずるものなきか。余輩これを保証すること能わず。前夜の酒宴、深更に及びて、今朝の眠り、・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・その純粋に経験された場合として、愛らしい夏子と村岡と夏子の死が扱われているわけなのだが、今日の時々刻々に私たちの生に登場して来ている愛と死の課題の生々しさ、切実さ複雑さは、それが夏子を殺した自然と一つものでないというところにある。 今日・・・ 宮本百合子 「「愛と死」」
・・・ 三代目ということは、日本の川柳で極めてリアルに抉って描写されているが、今から先の三代目という時代の日本というものを文化の面でも切実深甚に考慮しなければならないのだろうと思う。世界は複雑に複雑にと推移しているのだから、単純きわまる主観人・・・ 宮本百合子 「明日の実力の為に」
・・・これらの婦人たちが切実に要求しているのは平和であり、民主的であってゆたかな生活の安定であった。その事実を選挙によって表現し、政策をその方向に動かした。そして、トルーマンの公約が選挙のゼスチュアに終らないことを監視している。慣例的な二大政党制・・・ 宮本百合子 「新しい潮」
・・・勿論自分が引合に出されている時には、一層切実に感ずるには違ない。 ルウズウェルトは「不公平と見たら、戦え」と世界中を説法して歩いている。木村はなぜ戦わないだろうか。実は木村も前半生では盛んに戦ったのである。しかしその頃から役人をしている・・・ 森鴎外 「あそび」
・・・しかしさすが男親だけにお母あ様よりは、切実に少くもこっちの心理状態の一面を解していてくれるようだと、秀麿は思った。 秀麿は父の詞を一つ思い出したのが機縁になって、今一つの父の詞を思い出した。それは又或る日食事をしている時の事で「どうも人・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・この皇室を守るために、国内の他の勢力に対して反抗するというような情熱は、切実に起こりようがない。それよりも我々が切実に感じたのは、外国の圧迫に対して日本帝国を守る情熱である。三国干渉は朧ろながらも子供心を刺戟した。露国の圧迫に対しては、おそ・・・ 和辻哲郎 「蝸牛の角」
・・・この意味で自己否定という事が自分には切実な問題になって来た。真実に自己肯定をやるためには、まず自己否定がなければならぬ。 即ち自己にとっては自己の肯定と否定とはアルタナチヴではない。ただ肯定と否定との場合に「自己」の意味が違うだけである・・・ 和辻哲郎 「自己の肯定と否定と」
・・・それは人としての岸田君の切実な内生を示すものである。が、同時にまた我々はこれを、製作家の書いた美学上の論文として、すなわち「製作の心理」を明らかにし得る可能の最も多い論文として、取り扱うこともできる。この意味でも自分はこれらの論文が深い暗示・・・ 和辻哲郎 「『劉生画集及芸術観』について」
出典:青空文庫