・・・じつは約束を忘れたわけではなく、それどころか、最後の切札に、大阪の実家へ無心に帰るのである。たび重なって言いにくいところを、これも約束した手前だと、無理矢理勇気をつけ、誤魔化して貰い、そして再び京都に戻って来ると、もうすっかり黄昏で、しびれ・・・ 織田作之助 「天衣無縫」
・・・ さていよいよ夕刊売りの娘に取っときの切り札、最後の解決の鍵を投げ出させる前に、もう一つだけ準備が必要である。それは真犯人の旧騎士吉田を今の新聞記者吉田に仕立ててそれをこの法廷の記者席の一隅に、しかも見物人にちょうどその目標となるべき左・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
ジイドが彼の近著『ソヴェト旅行記』に対して受けた非難に抗して書いている「ローランその他への反撃」という文章は悪意を底にひそめた感情の鋭さや、その感情を彼によって使い古されている切札である知力や統計の力やによって強固にしよう・・・ 宮本百合子 「こわれた鏡」
出典:青空文庫