・・・向い側の果物屋は、店の半分が氷店になっているのが強味で氷かけ西瓜で客を呼んだから、自然、蝶子たちは、切身の厚さで対抗しなければならなかった。が、言われなくても種吉の切り方は、すこぶる気前がよかった。一個八十銭の西瓜で十銭の切身何個と胸算用し・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 何かの、パンだとか、魚の切身だとか、巴焼だとかの包み紙の、古新聞が、風に捲かれて、人気の薄い街を駆け抜けた。 雨が来そうであった。 私の胸の中では、毒蛇が鎌首を投げた。一歩一歩の足の痛みと、「今日からの生活の悩み」が、毒蛇をつ・・・ 葉山嘉樹 「浚渫船」
・・・お頭にはお頭を差上げて、切身の尻尾の方は主婦がもらう。ところがこの頃のように尻尾のない場合もある。そうすると女の人は一切も食わずにがまんする。それを皆さんはお笑いになるから、恐らくあなた方の御家庭では、切身が三つしかないものでも半分ずつつけ・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・彼の有名な食糧鮭の切身をはかるハカリがないからだけではない。学者でも、エジソンみたいなのは泊らないのだ。 ゴーリキーにしろ、意味なく帝政時代に室内監禁をくったのではない。ウラジーミル大公の食堂に今日一皿二十カペイキのサラダがトマトと胡瓜・・・ 宮本百合子 「スモーリヌイに翻る赤旗」
・・・ Y、あわてて、助けだしたら、まがうかたなきブリの切身になって居る。人工呼吸は、どうやるのだか分らないが、多分よく揉めばよいのだろうと、両手でもむ。「しかし、切身じゃあ人工呼吸もきかないかもしれないな」 切身にだんだん弾力がつい・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
出典:青空文庫