・・・あとの三羽の烏出でて輪に加わる頃より、画工全く立上り、我を忘れたる状して踊り出す。初手の烏もともに、就中、後なる三羽の烏は、足も地に着かざるまで跳梁す。彼等の踊狂う時、小児等は唄を留む。一同 魔が来た、でんでん。影がさいた、もん・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ 吾はどのみち助からないと、初手ッから断念めてるが、お貞、お前の望が叶うて、後で天下晴に楽まれるのは、吾はどうしても断念められない。 謂うと何だか、女々しいようだが、報のない罪をし遂げて、あとで楽をしようという、虫の可いことは決して・・・ 泉鏡花 「化銀杏」
・・・ 落ちると、片端から一ツ一ツ、順々にまた並べて、初手からフッと吹いて、カタリといわせる。……同じ事を、絶えず休まずに繰返して、この玩弄物を売るのであるが、玉章もなし口上もなしで、ツンとしたように黙っているので。 霧の中に笑の虹が、溌・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・……早瀬 お蔦。お蔦 あい。早瀬 済まないな、今更ながら。お蔦 水臭い、貴方は。……初手から覚悟じゃありませんか、ねえ。内証だって夫婦ですもの。私、苦労が楽みよ。月も雪もありゃしません。(四辺ちょいとお花見をして行きましょう・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・……踊の稽古の帰途なら、相応したのがあろうものを、初手から素性のおかしいのが、これで愈々不思議になった。 が、それもその筈、あとで身上を聞くと、芸人だと言う。芸人も芸人、娘手品、と云うのであった。 思い懸けず、余り変ってはいたけれど・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・たる旦那を前年度の穴填めしばし袂を返させんと冬吉がその客筋へからまり天か命か家を俊雄に預けて熱海へ出向いたる留守を幸いの優曇華、機乗ずべしとそっと小露へエジソン氏の労を煩わせば姉さんにしかられまするは初手の口青皇令を司どれば厭でも開く鉢の梅・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・所かまわず歌の途中からやにわに飛び込んで来るので踊り手はちょっと狼狽してまた初手からやり直しになる。すると、拡声器の調節が悪いためか、歌がちょうど咽喉にでも引っかかるようにひっかかってぷつりぷつりと中断する。みんなが笑いだす。そういうことを・・・ 寺田寅彦 「沓掛より」
・・・何ぜかといえば、この宿場の猫背の馭者は、まだその日、誰も手をつけない蒸し立ての饅頭に初手をつけるということが、それほどの潔癖から長い年月の間、独身で暮さねばならなかったという彼のその日その日の、最高の慰めとなっていたのであったから。・・・ 横光利一 「蠅」
出典:青空文庫