・・・――それは受取った荷物……荷は籠で、茸です。初茸です。そのために事が起ったんです。 通り雨ですから、すぐに、赫と、まぶしいほどに日が照ります。甘い涙の飴を嘗めた勢で、あれから秋葉ヶ原をよろよろと、佐久間町の河岸通り、みくら橋、左衛門橋。・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と筵の上を膝で刻んで、嬉しそうに、ニヤニヤして、「初茸なんか、親孝行で、夜遊びはいたしません、指を啣えているだよ。……さあ、お姫様の踊がはじまる。」 と、首を横に掉って手を敲いて、「お姫様も一人ではない。侍女は千人だ。女郎・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ 打こぼし投げ払いし籠の底に残りたる、ただ一ツありし初茸の、手の触れしあとの錆つきて斑らに緑晶の色染みしさえあじきなく、手に取りて見つつわれ俯向きぬ。 顔の色も沈みけむ、日もハヤたそがれたり。濃かりし蒼空も淡くなりぬ。山の端に白き雲・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・いつも松露の香がたつようで、実際、初茸、しめじ茸は、この落葉に生えるのである。入口に萩の枝折戸、屋根なしに網代の扉がついている。また松の樹を五株、六株。すぐに石ころ道が白く続いて、飛地のような町屋の石を置いた板屋根が、山裾に沈んで見えると、・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・ 四 鮎の大きいのは越中の自慢でありますが、もはや落鮎になっておりますけれども、放生津の鱈や、氷見の鯖より優でありまするから、魚田に致させまして、吸物は湯山の初茸、後は玉子焼か何かで、一銚子つけさせまして、杯洗の・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ だんだん近くへ行って見ると居なくなった子供らは四人共、その火に向いて焼いた栗や初茸などをたべていました。 狼はみんな歌を歌って、夏のまわり燈籠のように、火のまわりを走っていました。「狼森のまんなかで、火はどろどろぱちぱ・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・けれども虫がしんしん鳴き時々鳥が百疋も一かたまりになってざあと通るばかり、一向人も来ないようでしたからだんだん私たちは恐くなくなってはんのきの下の萱をがさがさわけて初茸をさがしはじめました。いつものようにたくさん見附かりましたから私はいつか・・・ 宮沢賢治 「二人の役人」
・・・まず芝生めいた気分のところには初茸しかない。が、初茸は芝草のない灌木の下でも見いだすことができる。そういうところでなるべく小さい灌木の根元を注意すると、枯れ葉の下から黄茸や白茸を見いだすこともできる。その黄色や白色は非常に鮮やかで輝いて見え・・・ 和辻哲郎 「茸狩り」
出典:青空文庫