・・・……… 男の夢を見た二三日後、お蓮は銭湯に行った帰りに、ふと「身上判断、玄象道人」と云う旗が、ある格子戸造りの家に出してあるのが眼に止まった。その旗は算木を染め出す代りに、赤い穴銭の形を描いた、余り見慣れない代物だった。が、お蓮はそこを・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・ 私が再こう念を押すと、田代君は燐寸の火をおもむろにパイプへ移しながら、「さあ、それはあなた自身の御判断に任せるよりほかはありますまい。が、ともかくもこの麻利耶観音には、気味の悪い因縁があるのだそうです。御退屈でなければ、御話します・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・大きくいえば、判断=実行=責任というその責任を回避する心から判断をごまかしておく状態である。趣味という語は、全人格の感情的傾向という意味でなければならぬのだが、おうおうにして、その判断をごまかした状態の事のように用いられている。そういう趣味・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・その御深切だけで、もう沢山なのでございますが、欲には旦那様何とか御判断下さいますわけには参りませんか。 こんな事を申しましてお聞上げ……どころか、もしお気に障りましては恐入りますけれども、一度旦那様をお見上げ申しましてからの、お米の心は・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・総ての公平な判断や真実の批評は常に民族的因襲や国民的偏見に累わされない外国人から聞かされる。就中、芸術の真価が外国人の批評で確定される場合の多いは啻に日本の錦絵ばかりではないのだ。 二十年前までは椿岳の旧廬たる梵雲庵の画房の戸棚の隅には・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・ 指のさきは、寒さと、冷たさのために痛んで、石ころであるか、土であるか、それとも、銅貨であるかさえ判断がつかなかったのでした。通る人たちは、わき見もせずに、みんな寒いので家の方へ急いでいました。また、通りがかりに、この有り様を見た人の中・・・ 小川未明 「海からきた使い」
・・・ あって邪魔になるわけでもない支店をつぶすために、わざわざ直営店をつくるにも当らないとは、常識で判断してもわかることで、いうまでもなく直営店はより多く薬を売るための手段、いわば全くの営業政策にほかならなかったのだ。 同時にまた、こう・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・「しかしほかに判断のしようがないじゃないか。とにかく死んだんだとすれば、尋常な死方をしたもんじゃないだろう。それではとにかく今夜お前たちは帰って、明日の朝上野へ出てくれないか。そしてすぐ電報を打ってくれないか。今夜いっしょに行ってもお前・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・その原因を臆測するにもまたその正否を判断するにも結局当の自分の不安の感じに由るほかはないのだとすると、結局それは何をやっているのかわけのわからないことになるのは当然のことなのだったが、しかしそんな状態にいる吉田にはそんな諦めがつくはずはなく・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・ そう思うと樋口も木村もどこか似ている性質があるようにも思われますが、それは性質が似ているのか、同じ似たそのころの青年の気風に染んでいたのか、しかと私には判断がつきませんけれども、この二人はとにかくある類似した色を持っていることは確かで・・・ 国木田独歩 「あの時分」
出典:青空文庫