・・・中には『やあ、別嬪の気違いだ』と、大きな声を出すやつさえあるんだ。しかし犬好きなお蓮には、久しぶりに犬を抱いたのが、少しは気休めになったんだろう。ややしばらく押し問答をした後、ともかくも牧野の云う通り一応は家へ帰る事に、やっと話が片附いたん・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・婆さんを見たんじゃ驚くまいが、ここには君なんぞ思いもよらない、別嬪が一人いるからね。それで御忠告に及んだんだよ。」と、こう云う内にもう格子へ手をかけて、「御免。」と、勢の好い声を出しました。するとすぐに「はい。」と云う、含み声の答があって、・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・が、その年増を――おばさん、と呼ぶでございましゅ、二十四五の、ふっくりした別嬪の娘――ちくと、そのおばさん、が、おばしアん、と云うか、と聞こえる……清い、甘い、情のある、その声が堪らんでしゅ。」「はて、異な声の。」「おららが真似るよ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・……医師と遁げた、この別嬪さんの使ですかい、きみは。……ぼくは店用で行って知ってるよ。……果報ものだね、きみは。……可愛がってくれるだろう。雪白肌の透綾娘 と言やあがった…… その透綾娘は、手拭の肌襦袢から透通った、肩を落して、裏の・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ 縁の早い、売口の美い別嬪の画であった。主が帰って間もない、店の燈許へ、あの縮緬着物を散らかして、扱帯も、襟も引さらげて見ている処へ、三度笠を横っちょで、てしま茣蓙、脚絆穿、草鞋でさっさっと遣って来た、足の高い大男が通りすがりに、じろり・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・と口もやや馴々しゅう、「お米の容色がまた評判でございまして、別嬪のお医者、榎の先生と、番町辺、津の守坂下あたりまでも皆が言囃しましたけれども、一向にかかります病人がございません。 先生には奥様と男のお児が二人、姪のお米、外見を張るだ・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・妙齢の娘か、年増の別嬪だと、かえってこっちから願いたいよ。」「……運転手さん、こちらはね、片原へ恋人に逢いにいらっしゃったんだそうですから。」 しっぺい返しに、女中にトンと背中を一つ、くらわされて、そのはずみに、ひょいと乗った。元来・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・今思ってもぞッとする……別嬪なのと、不意討で……」「お巧言ばっかり。」 と、少し身を寄せたが、さしうつむく。「串戯じゃありません。……の時のごときは、頭から霜を浴びて潟の底へ引込まれるかと思ったのさ。」 大袈裟に聞えたが。…・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・で、親まさりの別嬪が冴返って冬空に麗かである。それでも、どこかひけめのある身の、縞のおめしも、一層なよやかに、羽織の肩も細りとして、抱込んでやりたいほど、いとしらしい風俗である。けれども家業柄――家業は、土地の東の廓で――近頃は酒場か、カフ・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・「吃驚しただろ、あの、別嬪に。……それだよ、それが小春さんだ。この土地の芸妓でね、それだで、雑貨店の若旦那を、治兵衛坊主と言うだてば。」「成程、紙屋――あの雑貨店の亭主だな。」「若い人だ、活きるわ、死ぬるわという評判ものだよ。」・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
出典:青空文庫