・・・ こうして、鶴さんとオトラ婆さんの隣同士のややこしい別居生活が始まって間もなく、サイパン島の悲愴なニュースが伝えられた。「やっぱし、飛行機だ。俺は今の会社をやめる」 と、突然照井がいいだした。そして、自分たちがニューギニアでまる・・・ 織田作之助 「電報」
・・・それでなくても私が気に喰わんから一所に居たくても為方なしに別居して嫌な下宿屋までしているんだって言いふらしておいでになるんですから」とお政は最早泣き声になっている。「然し実際明日母上が見えたって渡す金が無いじゃアないか」「私が明日の・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・ とまた、ご自分の事を言い出し、「住むに家無く、最愛の妻子と別居し、家財道具を焼き、衣類を焼き、蒲団を焼き、蚊帳を焼き、何も一つもありやしないんだ。僕はね、奥さん、あの雑貨店の奥の三畳間を借りる前にはね、大学の病院の廊下に寝泊りして・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・或いは何かつらい事情があって、別居している夫婦でもよい。その夜は女の家の門口に、あの色紙の結びつけられた竹のお飾りが立てられている。 いろいろ小説の構想をしているうちに、それも馬鹿らしくなって来て、そんな甘ったるい小説なんか書くよりは、・・・ 太宰治 「作家の手帖」
・・・ けんかでなしに別居している夫婦の仲のいいわけがわかるような気がする。 五 ある地下食堂で昼食を食っていると、向こう隣の食卓に腰をおろした四十男がある。麻服の上着なしで、五分刈り頭にひげのない丸顔にはおよそ屈・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・世間には男女結婚の後、両親に分れて別居する者あり。頗る人情に通じたる処置と言う可し。其両親に遠ざかるは即ち之に離れざるの法にして、我輩の飽くまでも賛成する所なれども、或は家の貧富その他の事情に由て別居すること能わざる場合もある可きなれば、仮・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
大阪の実業家で、もう十四五年も妻と別居し別の家庭を営んでいる増田というひとの娘富美子が大金をもって家出をして、西条エリとあっちこっち贅沢な旅行をした後、万平ホテルで富美子が睡眠薬で自殺しかけた事は、男装の麗人という見出しで・・・ 宮本百合子 「昨今の話題を」
・・・ 雁金を窮地におとしいれた父山下博士に対しても別居をやめてかえった久内は「父を見ても予期していたような対立的な重苦しさを感じない」それというのも「海中深く没してしまった自分の身の、動きのとれぬ落付きでもあったろう」としんみり述懐している・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・ 一、家さがし、 一、別居生活、不なれな生活から来るヒステリー 一、作、Aの仕事、衝突、淋しい暮、祖母、 一、引越し。そのための不快。Aの父上京、Aのわるい態度、自分の往復、Aと自分との生活の不安の芽。 一、Aの・・・ 宮本百合子 「「伸子」創作メモ(一)」
・・・ところが、彼女が八つの年、ポルトヴァの貴族である父親と、やはり古い貴族の娘である母との間に不和が生じて、別居することになった。母はマリア、叔母、ジナという従姉、祖父、「天使のように比類ない」家庭医ルシアン・ワリツキイ、侍女などを連れ、ロシア・・・ 宮本百合子 「マリア・バシュキルツェフの日記」
出典:青空文庫