・・・ 五官のほかにある別種の官能の力が加わったかと思った。暗かった室がそれとはっきり見える。暗色の壁に添うて高いテーブルが置いてある。上に白いのは確かに紙だ。ガラス窓の半分が破れていて、星がきらきらと大空にきらめいているのが認められた。右の・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・桑木理学博士がかつて彼をベルンに尋ねた時に、東洋は東洋で別種の文化が発達しているのは面白いといったような事を話したそうである。この点でも彼は一種のレラチヴィストであるとも云われよう。それにしても彼が幼年時代から全盛時代の今日までに、盲目的な・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・そういうできそこねた灸穴へ火を点ずる時の感覚もちょっと別種のものであった。 一日分の灸治を終わって、さて平手でぱたぱたと背中をたたいたあとで、灸穴へ一つ一つ墨を塗る。ほてった皮膚に冷たい筆の先が点々と一抹の涼味を落として行くような気がす・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ 東京へ出て来て汁粉屋などで食わされた雑煮は馴れないうちは清汁が水っぽくて、自分の頭にへばりついている我家の雑煮とは全く別種の食物としか思われなかったのである。 去年の正月ある人に呼ばれて東京一流の料亭で御馳走になったときに味わった・・・ 寺田寅彦 「新年雑俎」
・・・ 私は常識に重きを置く別種の系統の成立不可能を確実に証明するだけの根拠を持たない。しかしもしそれが成立したと仮定したらどうだろう。それは少なくも今日のいわゆる物理学とは全然別種のものである。そうしてそれが成立したとしても、それが現在物理・・・ 寺田寅彦 「相対性原理側面観」
・・・一人の哲学者が一言二言いったというだけで人間全体が別種の存在に変わって人間界の方則があべこべになるということは想像ができない。 ついでながら、揺れる電車やバスの中で立っているときの心得は、ひざの関節も足首の関節も柔らかく自由にして、そう・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・ これに限らず、人間と自然を引っくるめた有機体における自然と人間の交渉はやはり有機的であるから、たとえ科学的気象学的に同一と見られるものでも、それに随伴する他要素の複合いかんによって全く別種の意義をもつのは言うまでもないことである。そう・・・ 寺田寅彦 「日本人の自然観」
・・・であるかないか、従来の古典物理学で言うところの量的であるかないか、これは議論にもならないような事であるが、しかし事実上往々、たとえば地球物理学の問題における統計的研究は物理学上の量的研究とは全然別種のものと見なされ、どうかするとそれがかなり・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・他方ではまた、少なくも現在では連句とは全く別物と思われる連作の型式から進化して行って、そうして現在の歌仙などとはかなりちがった別種の連句形式が生ずるという可能性も想像されなくはない。われわれ連句を研究するものの興味は実に主としてこの点にかか・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・露店で食う豚の肉の油揚げは、既に西洋趣味を脱却して、しかも従来の天麩羅と抵触する事なく、更に別種の新しきものになり得ているからだ。カステラや鴨南蛮が長崎を経て内地に進み入り、遂に渾然たる日本的のものになったと同一の実例であろう。 自分は・・・ 永井荷風 「銀座」
出典:青空文庫