・・・自分はあまりのことだと制止せんとする時、水野、そんな軽石は畏くないが読まないと変に思うだろうから読む、自分で読むと、かれは激昂して突っ立った。「一筆示し上げ参らせ候大同口よりのお手紙ただいま到着仕り候母様大へん御よろこび涙を流してくり返・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・途端に恐ろしい敏捷さで東坡巾先生は突と出て自分の手からそれを打落して、やや慌て気味で、飛んでもない、そんなものを口にして成るものですか、と叱するがごとくに制止した。自分は呆れて驚いた。 先生の言によると、それはタムシ草と云って、その葉や・・・ 幸田露伴 「野道」
・・・酒は、私の発狂を制止してくれた。私の自殺を回避させてくれた。私は酒を呑んで、少し自分の思いを、ごまかしてからでなければ、友人とでも、ろくに話のできないほど、それほど卑屈な、弱者なのだ。 少し酔って来た。すし屋の女中さんは、ことし二十七歳・・・ 太宰治 「鴎」
・・・けれども私は、よほど頭がわるく、それにまた身のほど知らぬ自惚れもあり、人の制止も聞かばこそ、なに大丈夫、大丈夫だと匹夫の勇、泳げもせぬのに深潭に飛び込み、たちまち、あっぷあっぷ、眼もあてられぬ有様であった。そのような愚かな作家が、未来の鴎外・・・ 太宰治 「困惑の弁」
・・・ 自分のちからでは、制止できぬ鬼、かなしいことには、制止できぬ泣きむし。めちゃめちゃめちゃ。「かんにんして、ね、声だけでも低く、ね。」「おれのせいじゃないんだ。すべて神様のお思召さ。おれは、わるくないんだ。けれども、前生に亭主を叱る・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ スタートラインに並んで、未だ出発の合図のピストルの打ち鳴らされぬまえに飛び出し、審判の制止の声も耳にはいらず、懸命にはしってはしってついに百米、得意満面ゴールに飛び込み、さて写真班のフラッシュ待ちかまえ、にっと笑ってみるのだが、少し様・・・ 太宰治 「答案落第」
・・・君に、たしかな目的があって、制止できない渇望があって、そうして、ちゃんと聡明な、具体的な計画があっての、出京だとばかり思っていた。それが、どうだ、八重田数枝のとこに、ころがりこんで、そのまんま、何もしやしない。八重田数枝は、あんな、気のいい・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ まるで、シャンパンでも抜くような騒ぎで、私の制止も聞かず階下に降りて行き、すぐその一本、栓を抜いたやつをお盆に載せて持って来た。「細君がいないので、せっかくおいで下さっても、何のおもてなしも出来ず、ほんの有り合せのものですが、でも・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・自転車が一台飛んで来て制止にかまわず突切って渡って行った。堀に沿うて牛が淵まで行って道端で憩うていると前を避難者が引切りなしに通る。実に色んな人が通る。五十恰好の女が一人大きな犬を一匹背中におぶって行く、風呂敷包一つ持っていない。浴衣が泥水・・・ 寺田寅彦 「震災日記より」
・・・僕は人の前に出る毎に、この反対衝動の発作が恐ろしく、それの心配と制止観念とで、休む間もなく心を疲らし、気を張りきって居らねばならぬ。その苦しさと苛だたしさとは、到底筆紙に説明することが出来ないのである。しかも表面はさりげなく、普通に会話して・・・ 萩原朔太郎 「僕の孤独癖について」
出典:青空文庫