・・・銀座で草木染めが展観されデパートで手織り木綿が陳列されるという現象がその前兆であるかもわからないのである。そうして、鋼鉄製あるいはジュラルミン製の糸車や手機が家庭婦人の少なくも一つの手慰みとして使用されるようなことが将来絶対にあり得ないとい・・・ 寺田寅彦 「糸車」
・・・ しかしまた、現在映画の世界にのみ存する事象が将来現世界に可能とならないという証拠もないとすると、現在の映画の夢は将来の現実の実相を導き出す先駆となり前兆とならないとも限らない。ここに重大な問題の骨子があるような気がするのである。これは・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・むしろ「前兆的」な無気味な感じがするようである。 海岸に戯れる裸体の男女と、いろいろな動物の一対との交錯的羅列的な編集があるが、すべてが概念的の羅列であって、感じの連続はかなりちぐはぐであり、従って、自分のいわゆる俳諧的編集の場合に起こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・そしてこの風車が何かしらいい事の前兆ででもあるような気がするのであった。 いつのまにか汽車はくすぶった大都会の裏町を通っていた。そして大きな数階の家の高い窓に干してあるせんたく物が目についたりした。午前七時三十五分にアンハルター停車場に・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・しかし実際ねずみのいない家はまれであり、ねずみがいなくなると何かその家に不祥事が起こる前兆だという迷信があったりするくらいだから、少なくもわれわれ日本人は天井にねずみのいる事を容認しなければならない事になっているかもしれない。それを自分だけ・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・の迫って来る恐ろしさと同じように、何かしら避くべからざるものの前兆として自分の心に不思議な気味のわるい影を投げるのか、考えてもやっぱりわからない。 これとはなんの関係もない事だが、自分の病気の経過を考えてみるとなんだか似よった点がないで・・・ 寺田寅彦 「病院の夜明けの物音」
・・・ まず医者が脈をおさえて時計を読んでいる時分から、そろそろこの笑いの前兆のような妙な心持ちがからだのどこかから起こって来る。それは決して普通のおかしいというような感じではない。自分のさし延べている手をそのままの位置に保とうという意識に随・・・ 寺田寅彦 「笑い」
・・・ 精神がこの屈辱を感ずるとき、吾人はこれを過去の輪廓がまさに崩れんとする前兆と見る。未来に引き延ばしがたきものを引き延ばして無理にあるいは盲目的に利用せんとしたる罪過と見る。 過去はこれらのイズムに因って支配せられたるが故に、これか・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・精女 御やめ下さいませ、何となく悪い事の起る前兆の様な気が致します。ペーン 悪い事? 私は若い、そいで相応に見っともなくないだけに美くしい、それが若い美くしいやさしい精女に恋をする、何故悪い事だろう?精女沈黙。重って来た困る・・・ 宮本百合子 「葦笛(一幕)」
・・・第一次大戦の惨苦のあとをまだまざまざと感じているヨーロッパの人々、特に青年はジャックの上に、自分たちの物語のいくつかの断片を実感し、不安に空気をゆすぶっている嵐の前兆に対して自分の青春の価値と意義を最も自覚のある方法で堅持しようとしたのであ・・・ 宮本百合子 「生きつつある自意識」
出典:青空文庫