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《「国際協調のための経済構造調整研究会報告書」の通称》中曽根内閣の私的諮問機関として設けられた研究会が、昭和61年(1986)に提出。内需主導型の経済成長、輸出入・産業構造の抜本的転換、金融資本市場の自由化・国際化の推進、およびマル優などの貯蓄優遇税制の抜本的見直しなどを提言した。名称は、研究会の座長が前川春雄日銀総裁だったことから。前川リポート。

[補説]昭和60年(1985)のプラザ合意後、円高が急速に進行したにもかかわらず、日本は依然として巨額の貿易黒字を計上し、欧米諸国との間で経済摩擦が生じていた。前川レポートは日本に市場開放と内需拡大を迫る米国など諸外国の外圧に対応する内容となっていたが、内需を刺激するための金融緩和策が国内のマネーサプライを急増させ、バブル経済を生む結果となった。