・・・その頃の若い学士たちの馬鹿々々しい質問や楽屋落や内緒咄の剔抉きが後の『おぼえ帳』や『控え帳』の材料となったのだ。 何でもその時分だった。『帝国文学』を課題とした川柳をイクツも陳べた端書を続いて三枚も四枚もよこした事があった。端書だからツ・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・忠孝の結晶として神に祀られる乃木将軍さえ若い頃には盛んに柳暗花明の巷に馬を繋いだ事があるので、若い沼南が流連荒亡した半面の消息を剔抉しても毫も沼南の徳を傷つける事はないだろう。沼南はウソが嫌いであった。「私はウソをいった事がない」と沼南自身・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・自然主義の流れさえ、日本文学の伝統の岸にうちよせれば、それはおのずから変化して、次の世代へ進展するべき最もつよい要因である人間社会現実の剔抉という剛情なきっさきを失った。作品の客観的な批評という今日での常識さえ、その時分は平林初之輔によって・・・ 宮本百合子 「作家の経験」
・・・しかし自己剔抉ということも主観の枠の中でされると、枠のひずんだとおりにひずむしかないという意味深い一つの例だと思います。今日の歴史に生きるには、それに先行する時代から受けた苦しみそのものの中に沈潜して、そこから自分たちのこれからの新しい発展・・・ 宮本百合子 「一九四六年の文壇」
・・・今世紀の野蛮性を、その社会的な原因の最も根蔕的な点にふれて剔抉し、その根源をとりのぞいて成長することが切望されているからである。 宮本百合子 「ベリンスキーの眼力」
・・・『虞美人草』に至っては鮮やかな類型的描写によって、卑屈な利己主義や、征服欲の盛んな我欲や、正義の情熱や、厭世的なあきらめなどの心理を剔抉した。その後の諸作においては絶えずこの問題に触れてはいたが、それを著しく深めて描いたのは『心』である。こ・・・ 和辻哲郎 「夏目先生の追憶」
出典:青空文庫