・・・けれども、物をはねとばさぬばかりのひどい見幕でやって来る憲兵を見ると、自分が罪人になったような動揺を感ぜずにはいられなかった。 憲兵伍長は、腹立てゝいるようなむずかしい顔で、彼の姓名を呼んだ。彼は、心でそのいかめしさに反撥しながら、知ら・・・ 黒島伝治 「穴」
・・・ 衛兵司令は、大隊長が鞭で殴りに来やしないか、そのひどい見幕を見て、こんなことを心配した位いだった。「副官!」 彼は、部屋に這入るといきなり怒鳴った。「副官!」 副官が這入って来ると、彼は、刀もはずさず、椅子に腰を落して・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・それは、キッカケが見つかり次第、衝突しようと待ちかまえている見幕だった。中隊では、おだやかに、おだやかにと、兵士達を抑制していた。しかし、兵員は充実して置かなければならなかった。 二三人の小人数で、日本兵が街を歩いていると、武器を持った・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ その権幕に恐れて、袖子は泣き出したいばかりになった。そこへお初が飛んで来て、いろいろ言い訳をしたが、何も知らない兄さんは訳の分からないという顔付きで、しきりに袖子を責めた。「頭が痛いぐらいで学校を休むなんて、そんな奴があるかい。弱・・・ 島崎藤村 「伸び支度」
・・・ あまりの剣幕に、とみの唇までが蒼くなり、そっと立ちあがって、「あの。とにかく。弟に。」聞きとれぬほど低くとぎれとぎれに言い、身をひるがえして部屋から飛び出た。「おうい、とみや。」十年まえに呼びつけていた口調が、ついそのまま出て・・・ 太宰治 「花燭」
・・・「大変な権幕だね。君、大丈夫かい。十把一とからげを放り込まないうちに、君が飛び込んじゃいけないぜ」「あの音は壮烈だな」「足の下が、もう揺れているようだ。――おいちょっと、地面へ耳をつけて聞いて見たまえ」「どんなだい」「非・・・ 夏目漱石 「二百十日」
出典:青空文庫