・・・その仕合には、越中守綱利自身も、老職一同と共に臨んでいたが、余り甚太夫の槍が見事なので、さらに剣術の仕合をも所望した。甚太夫は竹刀を執って、また三人の侍を打ち据えた。四人目には家中の若侍に、新陰流の剣術を指南している瀬沼兵衛が相手になった。・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・僕はまた知っているのは剣術ばかりかと思っていた。」 HはMにこう言われても、弓の折れの杖を引きずったまま、ただにやにや笑っていた。「Mさん、あなたも何かやるでしょう?」「僕? 僕はまあ泳ぎだけですね。」 Nさんはバットに火を・・・ 芥川竜之介 「海のほとり」
・・・「それは、お達者です。先日はじめてお目にかかった時から、そう思っていたのですが、御士族でいらっしゃるのではございませんか?」「おそれいります。会津の藩士でございます。」「剣術なども、お幼い頃から?」「いいえ、」上の姉さんは静・・・ 太宰治 「佳日」
・・・ 剣術の上手な若い殿様が、家来たちと試合をして片っ端から打ち破って、大いに得意で庭園を散歩していたら、いやな囁きが庭の暗闇の奥から聞えた。「殿様もこのごろは、なかなかの御上達だ。負けてあげるほうも楽になった。」「あははは。」・・・ 太宰治 「水仙」
・・・若侍が剣術の道具を肩にかついで道場から帰る途中、夕立になって、或る家の軒先に雨宿りするのですが、その家には十六、七の娘さんがいてね、その若侍に傘をお貸ししようかどうしようかと玄関の内で傘を抱いたままうろうろしているのですね。あれは実に可愛か・・・ 太宰治 「花吹雪」
・・・のかけごえのみ盛大の、里見、島崎などの姓名によりて代表せられる老作家たちの剣術先生的硬直を避けた。キリストの卑屈を得たく修業した。 聖書一巻によりて、日本の文学史は、かつてなき程の鮮明さをもて、はっきりと二分されている。マタイ伝二十・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・ こういう早わざをしとげるためには、もとより天賦の性能もあろうが、主として平素の習練を積むことが必要で、これは水練でも剣術でも同じことであろうと思われる。 学生の時分に天文観測の実習をやった。望遠鏡の焦点面に平行に張られた五本の蜘蛛・・・ 寺田寅彦 「空想日録」
・・・鞍馬山で牛若丸が天狗と剣術をやっているのがあった。その人形の色彩から何からがなんとも言えない陰惨なものである。この小屋の上にそびえた美しい老杉までがそのために物すごく恐ろしく無気味なものに感ぜられた。なんのためにわざわざこんなものが作ってあ・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・下絵を描いている時など、まるで剣術の試合でも見るような感じがあった。だんだん仕上げにかかっては、その微細な観察とデリケートな絵具の使い方に驚かされた。吾々の方で非常に精密な器械の調節でもしているのと似たような際どい細かさがあった。これでは絵・・・ 寺田寅彦 「中村彝氏の追憶」
・・・一つは自分の縄張うちへ這入って来て、似寄った武器と、同種の兵法剣術で競争をやる。元来競争となるとたいていの場合は同種同類に限るようです。同種同類でないと、本当の比較ができないからでもあるし、ひとつ、あいつを乗り越してやろうと云う時は、裏道が・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
出典:青空文庫