・・・卵から生れた五百人の力士は、母とも知らない蓮華夫人の城を攻めに向って来る。蓮華夫人はそれを聞くと、城の上の楼に登って、「私はお前たち五百人の母だ。その証拠はここにある。」と云う。そうして乳を出しながら、美しい手に絞って見せる。乳は五百条の泉・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・太宰府訪でし人帰りきての話に、かの女乞食に肖たるが襤褸着し、力士に伴いて鳥居のわきに袖乞いするを見しという。人々皆な思いあたる節なりといえり。町の者母の無情を憎み残されし子をいや増してあわれがりぬ。かくて母の計あたりしとみえし。あらず、村々・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・ 力士などは、そのもっともいちじるしい例である。文学・芸術などにいたっても、不朽の傑作といわれるものは、その作家が老熟ののちよりも、かえってまだ大いに名をなしていない時代に多いのである。革命運動などのような、もっとも熱烈な信念と意気と大・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 力士の如き其最も著しき例である、文学・芸術の如きに至っても、不朽の傑作たる者は其作家が老熟の後よりも却って未だ大に名を成さざる時代の作に多いのである、革命運動の如き、最も熱烈なる信念と意気と大胆と精力とを要するの事業は、殊に少壮の士に・・・ 幸徳秋水 「死生」
・・・王様が黒人の力士を養って、退屈な時のなぐさみものにしているような図と甚だ似ていた。「チルチルは、ピタゴラスの定理って奴を知ってるかい。」「知りません。」勝治は、少ししょげる。「君は、知っているんだ。言葉で言えないだけなんだ。」・・・ 太宰治 「花火」
・・・ カルネラは昔の力士の大砲を思い出させるような偉大な体躯となんとなく鈍重な表情の持ち主であり、ベーアはこれに比べると小さいが、鋼鉄のような弾性と剛性を備えた肉体全体に精悍で隼のような気魄のひらめきが見える。どこか昔日の力士逆鉾を思い出さ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・などという異名がつけられるはずのが、当時の田舎力士の大男の名をもらっていたわけである。しかし相撲は上手でなく成績もあまりよくなかったが一つだれにもできぬ不思議な芸をもっていた。それは口を大きくあいて舌を上あごにくっつけておいて舌の下面の両側・・・ 寺田寅彦 「相撲」
・・・美々しい回しをつけた力士が堂々としてにらみ合っていざ組もうとすると、衛士だか行司だかが飛び出して来て引き分け引き止める。そういう事がなんべんとなく繰り返される。そして結局相撲は取らないでおしまいになるのである。どういう由緒から起こった行事だ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
出典:青空文庫