・・・俺は徒らに一足でも前へ出ようと努力しながら、しかも恐しい不可抗力のもとにやはり後へ下って行った。そのうちに馭者の「スオオ」と言ったのはまだしも俺のためには幸福である。俺は馬車の止まる拍子にやっと後ずさりをやめることが出来た。しかし不思議はそ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・第四階級はその人たちのむだな努力によってかき乱されるのほかはあるまい。 有島武郎 「宣言一つ」
・・・ いつもと変らないように珈琲を飲もうと思って努力している。その珈琲はちっとも味がない。その間奥さんは根気好く黙って、横を向いている。美しい、若々しい顔が蒼ざめて、健康をでも害しているかというように見える。「もう時間だ。」フレンチは時・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・彼らはじつにその生涯の勤勉努力をもってしてもなおかつ三十円以上の月給を取ることが許されないのである。むろん彼らはそれに満足するはずがない。かくて日本には今「遊民」という不思議な階級が漸次その数を増しつつある。今やどんな僻村へ行っても三人か五・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・が、さすがに、ぶくぶくと其処で留った、そして、泡が呼吸をするような仇光で、 と曳々声で、水を押し上げようと努力る気勢。 玄武寺の頂なる砥のごとき巌の面へ、月影が颯とさした。――・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ かの女は無努力、無神経の、ただ形ばかりのデカダンだ、僕らの考えとは違って、実力がない、中味がない、本体がない。こう思うと、これもまた厭になって、僕は半ばからだを起した。そうすると、吉弥もまた僕の心眼を往来しなくなった。 暑くッてた・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・が、天下の大富豪と仰がれるようになったのは全く椿岳の兄の八兵衛の奮闘努力に由るので、幕末における伊藤八兵衛の事業は江戸の商人の掉尾の大飛躍であると共に、明治の商業史の第一頁を作っておる。 椿岳の米三郎が淡島屋の養子となったは兄伊藤八兵衛・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・その時女は、背後から拳銃を持って付いて来る主人と同じように、笑談らしく笑っているように努力した。 中庭の側には活版所がある。それで中庭に籠っている空気は鉛のがする。この辺の家の窓は、五味で茶色に染まっていて、その奥には人影が見えぬのに、・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・そして、こういたわると、年とったがんは、若いものにみずからの力の衰えと、弱気を見せまいと努力に努力をつづけて飛んでいました。 しかし、彼らは、ある山中の湖の上を通ったときに、ついにそこへ降りなければなりませんでした。 先達の老いたが・・・ 小川未明 「がん」
・・・ ある日、そんな風にやっとの努力で渡って行った轍の音をききながら、ほっとして欄干をはなれようとすると、一人の男が寄ってきた。貧乏たらしく薄汚い。哀れな声で、針中野まで行くにはどう行けばよいのかと、紀州訛できいた。渡辺橋から市電で阿倍野ま・・・ 織田作之助 「馬地獄」
出典:青空文庫