・・・電火、地火、劫火、敵火、爆火、手一つでも消しますでしゅ、ごめん。」 とばかり、ひょうと飛んだ。ひょう、ひょう。 翁が、ふたふたと手を拍いて、笑い、笑い、「漁師町は行水時よの。さらでもの、あの手負が、白い脛で落ちると愍然じゃ。・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ 不思議に、一人だけ生命を助かった女が、震災の、あの劫火に追われ追われ、縁あって、玄庵というのに助けられた。その妾であるか、娘分であるかはどうでもいい。老人だから、楽屋で急病が起って、踊の手練が、見真似の舞台を勤めたというので、よ・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・この向島名物の一つに数えられた大伽藍が松雲和尚の刻んだ捻華微笑の本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共に尽く灰となってしまったが、この門前の椿岳旧棲の梵雲庵もまた劫火に亡び玄関の正面の梵字の円い額も左右の柱の「能発一念喜愛心」及び「不断煩悩・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・それが地獄の劫火に焚かるべき罪であろうとも、彼はその艶美な肌の魅力を斥けることができない。そこに新しい深い世界が展開せられている。魂を悪魔に売るともこの世界に住むことは望ましい。 それが新時代の大勢であった。地下の偶像は皆よみがえって、・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫