・・・ * 道徳の与えたる恩恵は時間と労力との節約である。道徳の与える損害は完全なる良心の麻痺である。 * 妄に道徳に反するものは経済の念に乏しいものである。妄に道徳に屈するものは臆病ものか怠けものである。 ・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・果敢ない労力に句点をうって、鍬の先きが日の加減でぎらっぎらっと光った。津波のような音をたてて風のこもる霜枯れの防風林には烏もいなかった。荒れ果てた畑に見切りをつけて鮭の漁場にでも移って行ってしまったのだろう。 昼少しまわった頃仁右衛門の・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・家庭の建立に費す労力と精力とを自分は他に用うべきではなかったのか。 私は自分の心の乱れからお前たちの母上を屡々泣かせたり淋しがらせたりした。またお前たちを没義道に取りあつかった。お前達が少し執念く泣いたりいがんだりする声を聞くと、私は何・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・しかも今日においては、いっさいの発明はじつにいっさいの労力とともにまったく無価値である――資本という不思議な勢力の援助を得ないかぎりは。 時代閉塞の現状はただにそれら個々の問題に止まらないのである。今日我々の父兄は、だいたいにおいて一般・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・又文人に限らず、如何なる職業にしろ、単に米塩の為め働くというのは生活上非合理であって、米塩は其職業に労力した結果として自ずから齎らさるゝものでなければならぬ。然るに文学上の労力がイツマデも過去に於ける同様の事情でイクラ骨を折っても米塩を齎ら・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・写真屋の資本の要らない話、資本も労力も余り要らない割合には楽に儲けられる話、技術が極めて簡単だから女にでも、少し器用なら容易に覚えられる話、写真屋も商売となると技術よりは客扱いが肝腎だから、女の方がかえって愛嬌があって客受けがイイという話、・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ また、林檎を栽培し、蜜柑、梨子、柿を完全に成熟さして、それを摘むまでに、どれ程の労力を費したか。彼等は、この辛苦の生産品を市場にまで送らなければならないのです。 都会人のある者は、彼等の辛苦について、労働については、あまり考えない・・・ 小川未明 「街を行くまゝに感ず」
・・・一と通りの労力を使っていたのではやって行けない。掃除もあれば、飯上げもある。二年兵の食器洗い、練兵、被服の修理、学科、等々、あとからあとへいろ/\なことが追っかけて来るのでうんざりする。腹がへる。 軍隊特有な新しい言葉を覚えた。から・・・ 黒島伝治 「入営前後」
・・・私は太郎の労力を省かせるために、あの子に馬を一匹あてがった。副業としての養蚕も将来にはあの子を待っていた。それにしても太郎はまだ年も若し、結婚するまでにも至っていない。すくなくも二人もしくは二人半の働き手を要するのが普通の農家である。それを・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・何かの思想あるいは何かの発明の起源を捜そうとする労力は、太陽の下に新しき物なしというあっけない結論に終るに極っている。そうかと云って本当に偉大なものが全くの借り物であるという事もありようはない。それで何でも人からくれるものが善いものであれば・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
出典:青空文庫