・・・言葉を換えていえば、私は鋭敏に自分の魯鈍を見貫き、大胆に自分の小心を認め、労役して自分の無能力を体験した。私はこの力を以て己れを鞭ち他を生きる事が出来るように思う。お前たちが私の過去を眺めてみるような事があったら、私も無駄には生きなかったの・・・ 有島武郎 「小さき者へ」
・・・バケツで水を運んだり、監督の椅子を持って歩いたり、さまざまの労役をするのである。そうして、そんな仕事をしている自分の姿を、得意げに、何時間でも見せていたい様子で、男爵もまた、その気持ちを察し、なんの興味もない撮影の模様を、阿呆みたいにぽかん・・・ 太宰治 「花燭」
・・・あれはこの動物にとっては全く飼主の曲馬師から褒美の鮮魚一尾を貰うための労役に過ぎないであろうが、娯楽のために入場券を買ってはいった観客の眼には立派な一つの球技として観賞されるであろう。不思議なのはこの動物にそういう芸を仕込まれ得る素質がどう・・・ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
・・・ニューヨークの反戦デモに参加するばかりか、中野は三十年間転々としてアメリカであらゆる労役に従事していた間に、鉱山の大ストライキにプロレタリアとして夜も眠らず働いたことがある。なおかつ現在では自分の周囲におけるアメリカの子供の中からピオニイル・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・人口比率は一人の自由人に対して五人ぐらいの奴隷があって、その奴隷が生活に必要なすべての労役的仕事をしていた。紡ぐことも、織ることも、縫うことも、奴隷がした。主に女奴隷が主人たちの必要のために糸を紡ぎ織りして、主人たちは直接そういうことをしな・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・妨害を行った二人の被告が、検事から「罰として労役に服すか、ヴォルテールの言葉を一人は五百遍、一人は三百遍書きうつすか」ときかれて、ヴォルテールの言葉を写す方を選んだエピソードも生れた。彼等が幾百ぺんかかきうつしたヴォルテールの言葉というのは・・・ 宮本百合子 「現代史の蝶つがい」
・・・一九四〇年以後の日本のすべての炭坑には婦人が入坑し、過重な労役に服してきました。若い勤労婦人は最も危険・有害なあらゆる生産部門においてさえ活動しました。 しかも、日本の軍事的権力によって特別な保護をうけていた企業家たちは、生産の大半を婦・・・ 宮本百合子 「国際民婦連へのメッセージ」
・・・ギリシアの諸都市が、奴隷をもってその繁栄の基礎をなす生産労役をさせていたという現実が、この微妙な自由における矛盾の心理的根拠となっている。ギリシアの自由都市の人々は、自由人一人について奴隷数人という割合であった。自由なギリシア市民の精神は、・・・ 宮本百合子 「なぜ、それはそうであったか」
・・・ 重吉は網走で、独居囚の労役として、和裁工であった。囚人たちが使ってぼろになったチョッキ、足袋、作業用手套を糸と針とで修繕する仕事であった。朝の食事が終ると、夕飯が配られる迄、その間に僅かの休みが与えられるだけで、やかましい課程がきめら・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・である奴隷の労役によってされた時代から、有名な築城師があらわれました。ついで、芸術家としての名建築家が、王侯貴族たちの名声と権力と金の力とをつくしてその腕を発揮しました。近代社会の経済機構が基礎をかためてからは、資本が、建築のすべての条件を・・・ 宮本百合子 「よろこびの挨拶」
出典:青空文庫