・・・「へえ、へえ、もう、これぐらい滞在なすったら、ずっと効目はござりやんす」 駅のプラットホームで客引きが男に言っていた。子供のことを言っているのだな、と私は思った。「そやろか」 男は眼鏡を突きあげながら、言った。そして、売店で・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 五 ――馴れぬ手つきで揉みだした手製の丸薬ではあったが、まさか歯磨粉を胃腸薬に化けさせたほどのイカサマ薬でもなく、ちゃんと処方箋を参考にして作ったもの故、どうかすると、効目があったという者も出て来た。市内新聞の・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・一度話をしたいと柳吉だけが判読出来るその手紙が、いつの間にか病人のところへ洩れてしまって、枕元へ呼び寄せての度重なる意見もかねがね効目なしと諦めていた父親も、今度ばかりは、打つ、撲るの体の自由が利かぬのが残念だと涙すら浮べて腹を立てた。わざ・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ 新円の効き目だった。 小沢は娘を呼びに出た。 そして、娘を自分の背中にかくすようにして、はいった。 女中はちらりと娘をみたが、さすがに連込み宿らしく、うさん臭そうな眼付きもせず、二階の部屋へ二人を案内した。 鍵の掛る、・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・牛の脚の肉などよりは、直接、舌のほうに効目があろうという心意気らしい。驚くべきことは、このごろ、めきめき彼女の舌は長くなり、Lの発音も西洋人のそれとほとんど変らなくなったという現象である。これは、私も又聞で直接に、その勇敢な女生徒にお目にか・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・白い手術着を着た助手らしい男がしきりにあちこち歩き廻ってそれを助けてくれようとするのだが、一向利目がないので困り果てたところで眼がさめたのだという。さめて見たら枕が無闇に固くて首筋が痺れていたそうである。 私はその一両日前の新聞記事に巡・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・ 彼のエイトキン夫人に与えたる書翰にいう「此夏中は開け放ちたる窓より聞ゆる物音に悩まされ候事一方ならず色々修繕も試み候えども寸毫も利目無之夫より篤と熟考の末家の真上に二十尺四方の部屋を建築致す事に取極め申候是は壁を二重に致し光線は天井よ・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・ 池辺君の容体が突然変ったのは、その日の十時半頃からで、一時は注射の利目が見えるくらい、落ちつきかけたのだそうである。それが午過になってまただんだん険悪に陥ったあげく、とうとう絶望の状態まで進んで来た時は、余が毎日の日課として筆を執りつ・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・「あんなに、吸殻をつけてやったが、毫も利目がないかな」「吸殻で利目があっちゃ大変だよ」「だって、付けてやる時は大いにありがたそうだったぜ」「癒ると思ったからさ」「時に君はきのう怒ったね」「いつ」「裸で蝙蝠傘を引っ・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・その場はそれで済みまして、いよいよ細君を連れて宅へ帰って見ますと、貝の利目はたちまちあらわれて、細君はその月から懐妊して、玉のような男子か女子か知りませんが生み落して老人は大満足を表すると云うのが大団円であります。ゾラ君は何を考えてこの著作・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
出典:青空文庫