・・・あの明確な頭脳の、旺盛な精力の、如何なる運命をも肯定して驀地らに未来の目標に向って突進しようという勇敢な人道主義者――、常に異常な注意力と打算力とを以て自己の周囲を視廻し、そして自己に不利益と見えたものは天上の星と雖も除き去らずには措かぬと・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・その争議団が、官憲や反動暴力団を蹴とばして勇敢にモク/\と立ちあがると、その次には軍隊が出動する。最近、岐阜の農民の暴動に対して軍隊が出動した。先年の、川崎造船所のストライキに対して、歩兵第三十九聯隊が出動した。三十九聯隊の兵士たちは、神戸・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・ 珍しい、金目になるものを奪い取り、慾情の饉えを満すことが出来る、そういう期待は何よりも兵士達を勇敢にする。彼等は、常に慾情に飢え、金のない、かつかつの生活を送っていた。だから、自分に欠けているものがほしくてたまらなかった。そこの消息を・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・一方には、従順に、勇敢に、献身的に、一色に塗りつぶされた武者人形。一方には、自意識と神経と血のかよった生きた人間。 勿論、「将軍」に最も正しく現実が伝えられているか否かは、検討の余地のある問題であるが、こゝには、すくなくとも故意の歪曲と・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ われ/\の十一月七日を勇敢に闘った同志は、そのなかを大声で何か叫びながら、連れて行かれた。俺だちはその声が遠くなり、聞えなくなる迄、足踏みをやめなかった。 出廷 寒い冬の朝、看守が覗きから眼だけを出して、「・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・川は、ちょうどひき潮ですさまじい濁流がごうごうとうずまき、たぎっています。勇敢な高橋事務員は、その中へ決然一人でとびこんで、ようやく、向うの岸にひなんしていた船にたどりつき、船頭たちに、患者をはこんでくれるようにと、こんこんとたのみましたが・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・小説家としての私の愚見も、あるいは、ひょっとしたら、ひとりの勇敢な映画人に依って支持せられるというような奇蹟が無いものでもあるまい。もし、そのような奇蹟が起ったならば、これもまた御奉公の一つだと思われる。どんな小さい機会でも、粗末にしてはな・・・ 太宰治 「芸術ぎらい」
・・・佐伯も上品に軽くお辞儀をして、「熊本が、いつもこんなに優しく勇敢であるように祈っています。」「佐伯君にも、熊本君にも欠点があります。僕にも、欠点があります。助け合って行きたいと思います。」私は、たいへん素直な気持で、そう言って泡立つビイ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・していたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚の母は、その美しく勇敢な全裸の御子に初い初いしく寄り添い、・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・次は二人の消防夫が屋根から墜落。勇敢なクジマ、今までに四十人の生命を助け十回も屋根からころがり落ちた札付きのクジマのおやじが屋根裏の窓から一匹のかわいい三毛の子ねこを助け出す。その次はクジマがポケットへ子ねこをねじ込んだままで、今にも焼け落・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
出典:青空文庫