・・・ 賢造は何か考えるように、ちょいと言葉を途切らせたが、やがて美津に茶をつがせながら、「お前も勉強しなくっちゃいけないぜ。慎太郎はもうこの秋は、大学生になるんだから。」と云った。 洋一は飯を代えながら、何とも返事をしなかった。やり・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・そうしたら堂脇が案外やさしい声で、「失礼ながらどちらでご勉強です、たいそうおみごとだが」と切り出した。僕は花田に教えられたとおり、自分の画なんかなんでもないが、昨日死んだ仲間の画は実に大したものだ、もしそれが世間に出たら、一世を驚かすだろう・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・「こいつ、学校で、勉強盛りに、親がわるいと言うのを聞かずに、夢中になって、余り凝るから魔が魅した。ある事だ。……枝の形、草の影でも、かし本の字に見える。新坊や、可恐い処だ、あすこは可恐い処だよ。――聞きな。――おそろしくなって帰れなかっ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「この暑いのに、よう精が出ます、な、朝から晩まで勉強をなさって?」「そうやっていなければ喰えないんですから」「御常談を――それでも、先生はほかの人と違って、遊びながらお仕事が出来るので結構でございます」「貧乏ひまなしの譬えに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 鴎外の花園町の家の傍に私の知人が住んでいて、自分の書斎と相面する鴎外の書斎の裏窓に射す燈火の消えるまで競争して勉強するツモリで毎晩夜を更かした。が、どうしてもそれまで起きていられないので燈火の消える時刻を突留める事が出来なかった。或る・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・と、お母さんはたまりかねて、隣のへやで、勉強をしていた義雄さんをお呼びになりました。「なんですか、お母さん。」と、義雄さんは、すぐにやってきました。「お母さんは、目がわるくなって、とおらないから、ちょっと糸を針孔にとおしておくれ。」・・・ 小川未明 「赤い実」
・・・彼は国漢文中等教員検定試験の勉強中であった。それで、お君は、「あわれ逢瀬の首尾あらば、それを二人が最期日と、名残りの文のいいかわし、毎夜毎夜の死覚悟、魂抜けてとぼとぼうかうか身をこがす……」 と、「紙治」のサワリなどをうたった。下手・・・ 織田作之助 「雨」
・・・よく勉強していたようだったがなあ……」と言ったきりで、お婆さんも、いつも私がFを叱るたびに出てきてはとめてくれるのだが、今度は引とめなかった。私たちの生活のことを知り抜いている和尚さんたちには、こうした結末の一度は来ることに平常から気がつい・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
・・・ 先夜鷹見の宅で、樋口の事を話した時、鷹見が突然、「樋口は何を勉強していたのかね」と二人に問いました。記憶のいい上田も小首を傾けて、「そうサ、何を読んでいたかしらん、まさかまるきり遊んでもいなかったろうが」と考えていましたが、・・・ 国木田独歩 「あの時分」
・・・学生の常なる姿勢は一に勉強、二に勉強、三に勉強でなくてはならぬ。なるほど恋愛はこの姿勢を破らせようとするかもしれぬ。だがその姿勢が悩みのために、支えんとしても崩されそうになるところにこそ学窓の恋の美しさがあるのであって、ノートをほうり出して・・・ 倉田百三 「学生と生活」
出典:青空文庫