・・・「おい動力来たね」と一人の若い衆が云いました。「動力じゃねえよ」ともう一人が答えました。 湯を出た私はその女の児の近くへ座を持ってゆきました。そして身体を洗いながらときどきその女の児の顔を見ました。可愛い顔をしていました。老人は・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・もッと不思議な事があるよ、動力学と静力学を君が知ていると、もッと早く分らせることが出来るがネ。早くいッて見れば空漠として広い虚空の中に草の蔓は何故無法に自由自在に勝手に這い回らないのだろう。ソコニハ自然の約束があるから即ち一定の有様をなして・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・それよりも一層重要だと思うのは、万人の知っているべきはずの主要な工業経営の状況をフィルムで紹介する事である。動力工場の成り立ち、機関車、新聞紙、書籍、色刷挿画はどうして作られるか、発電所、ガラス工場、ガス製造所にはどんなものがあるか。こんな・・・ 寺田寅彦 「アインシュタインの教育観」
・・・機械文化の頂点を示すべき映画の中で、一人の職工は有り余っているべき動力の洪水の中にいながら、最も原始的なその筋肉エネルギーを極度に消費して大きなダイアルの針を回し、そうして、疲れ切って倒れ、そのために大破壊が起こったりする。あの魯鈍な機械に・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・その時の記憶と今度行って見た軽井沢とで、目についた相違はと言えば、機関車の動力が電気になっていること、停車場前に客待ちのリクショウメンがいなくなって、そのかわりに自動車とバスと、それからいろいろな名前のホテルの制帽を着た、丁寧でいばっている・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・ しかし、昇降機のほうから言えば何階で止まるも止まらぬのもたいした動力のちがいはないであろうし、それが違ったところで百貨店の損益にも電力会社の経営にも格別重大な影響を及ぼす気づかいはないであろう。また運転嬢の労力にしたところで二階で出る・・・ 寺田寅彦 「蒸発皿」
・・・各種の動力を運ぶ電線やパイプやが縦横に交差し、いろいろな交通網がすきまもなく張り渡されているありさまは高等動物の神経や血管と同様である。その神経や血管の一か所に故障が起こればその影響はたちまち全体に波及するであろう。今度の暴風で畿内地方の電・・・ 寺田寅彦 「天災と国防」
・・・近代の相対性理論にしても、量子力学にしても、波動力学にしても基礎に横たわるものはほとんど哲学的、あるいは質的なる物理的考察である。これなしにはいかなる数学の利器をいかに駆使しても結局何物も得られないことは、むしろ初めからわかったことでなけれ・・・ 寺田寅彦 「量的と質的と統計的と」
・・・吉田も井伊も白骨になってもはや五十年、彼ら及び無数の犠牲によって与えられた動力は、日本を今日の位置に達せしめた。日本もはや明治となって四十何年、維新の立者多くは墓になり、当年の書生青二才も、福々しい元老もしくは分別臭い中老になった。彼らは老・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・ 私はどこからか、その建物へ動力線が引き込まれてはいないかと、上を眺めた。多分死なない程度の電流をかけて置いて、ピクピクしてる生き胆を取るんだろう。でないと出来上った六神丸の効き目が尠いだろうから、だが、――私はその階段を昇りながら考え・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
出典:青空文庫