・・・しかし気違いでもない事がわかると、今度は大蛇とか一角獣とか、とにかく人倫には縁のない動物のような気がし出した。そう云う動物を生かして置いては、今日の法律に違うばかりか、一国の安危にも関る訣である。そこで代官は一月ばかり、土の牢に彼等を入れて・・・ 芥川竜之介 「おぎん」
・・・簡単な啼声で動物と動物とが互を理解し合うように、妻は仁右衛門のしようとする事が呑み込めたらしく、のっそりと立上ってその跡に随った。そしてめそめそと泣き続けていた。 夫婦が行き着いたのは国道を十町も倶知安の方に来た左手の岡の上にある村の共・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ この動物は、風の腥い夜に、空を飛んで人を襲うと聞いた……暴風雨の沖には、海坊主にも化るであろう。 逢魔ヶ時を、慌しく引き返して、旧来た橋へ乗る、と、 と鳴った。この橋はやや高いから、船に乗った心地して、まず意を安ん・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・人間はいかにしてその終焉を全うすべきか、人間は必ず泣いて終焉を告げねばならぬものならば、人間は知識のあるだけそれだけ動物におとるわけである。 老病死の解決を叫んで王者の尊を弊履のごとくに捨てられた大聖釈尊は、そのとき年三十と聞いたけれど・・・ 伊藤左千夫 「紅黄録」
・・・ 僕は僕の妻を半身不随の動物としか思えないのだ。いッそ、吉弥を妾にして、女優問題などは断念してしまおうかと思って見た。 そうだ、そうだ。今の僕には女優問題などは二の町のことで、もう、とっくに、僕というものは吉弥の胸に融けてしまっているの・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・地質学を研究する人、動物学を研究する人はいくらもある。地質学者、動物学者はたくさんいる。しかしながら地質学、動物学を教えることのできる人は実に少い。文学者はたくさんいる、文学を教えることのできる人は少い。それゆえにこの学校に三、四十人の教授・・・ 内村鑑三 「後世への最大遺物」
・・・ 乳飲児の時代から、ようやく独り歩きをする時代、そして、学校時代と考うるさえその過程の長いことは、かの他の動物に於けるとは比較にならない。病気をさせない心配から、病気になった時の心配、また、怪我をさせないように注意することから、友達の選・・・ 小川未明 「男の子を見るたびに「戦争」について考えます」
・・・小説の勉強はまずデッサンからだと言われているが、デッサンとは自然や町の風景や人間の姿態や、動物や昆虫や静物を写生することだと思っているらしく、人間の会話を写生する勉強をする人はすくない。戯曲を勉強した人が案外小説がうまいのは、彼等の書く会話・・・ 織田作之助 「大阪の可能性」
・・・で今度はお前から注文しなさいと言えば、西瓜の奈良漬だとか、酢ぐきだとか、不消化なものばかり好んで、六ヶしうお粥をたべさせて貰いましたが、遂に自分から「これは無理ですね、噛むのが辛度いのですから、もう流動物ばかりにして下さい」と言いますので、・・・ 梶井久 「臨終まで」
・・・彼はよたよたと歩く別の動物になってしまう。遂にそれさえしなくなる。絶望! そして絶え間のない恐怖の夢を見ながら、物を食べる元気さえ失せて、遂には――死んでしまう。 爪のない猫! こんな、便りない、哀れな心持のものがあろうか! 空想を失っ・・・ 梶井基次郎 「愛撫」
出典:青空文庫